エルウィンとシェーラ
1.恋人たち | 2.ホワイトタイガーの”しるし” | 3.真実の愛 |
4.鏡に映りしもの | 5.二人で | 6.ラストナレーション |
−−恋人たち−−
詳細 | |
勝利条件: | シェイラの父親、グラミンを見つける |
敗北条件: | 勇者エルウィンを失う |
マップの難易度: | 「中級」ゲーム |
持ち越し: | エルウィン、およびその技能、呪文、経験は、すべて次のマップに引き継がれる。自軍の勇者の最大レベルは 15 |
運良くもその晩、僕は仕立てたばかりの真新しい衣装に身を包んでいた。シャツとズボンは白いレースが目を引く紫藤色のシルク。つばの広い帽子には孔雀の羽があしらわれ、円盤を連ねた金色のベルトは目もあやなる輝きを放つ。膝丈のブーツにあしらわれているのは雪ウサギの毛皮だ。僕はこの衣装に持ちあわせて金をほぼすべてつぎ込んでいた。今思えば、運命がそうさせたのだろう。そう、それはシェイラを目にした最初の夜だったのだから。
シェイラがエルフ宮廷に出入りするようになってから、彼女こそがアラノルン中で最も美しい女性だと誰もが口をそろえて言った。最も美しい女性。多くの女性がそう呼ばれるの僕は昔から何度も耳にしていた。確かに宮廷はいつもあまたの美女で溢れていたが、皆似たり寄ったりで、群を抜いて美しい女性というのがどういう女性なのか、実のところ僕はよくわかっていなかった。だが、シェイラは違っていた。腰にかかった髪は森の闇を突き抜ける黄金の光のような輝きを放ち、大きな瞳は澄み切った冬の空を思わせた。その目は彼女のほっそりした顔に強い意志を与え、人々の心を捉えて放さなかった。
その晩、僕はシェイラの手を取り、二時間以上も踊りつづけた。そして彼女の美しさがけっしてうわべだけのものではないことを知った。これまでにもかわいらしいお嬢様がたのダンスの相手をつとめたことは幾度となくあったが、救いようもないぐらい退屈な中身にうんざりして、さっさとおさらばというのが常だった。その点、シェイラは違っていた。物静かでいて聡明ときている。それに、僕のこれまでの人生と同じように、彼女も自分自身ではわからない何かを探し求めている様子だった。
彼女に興味を持った僕は尋ねた。「君は普段、何をしてるの?その、つまり、舞踏会に来ている異性のハートを盗む以外には、ってことだけど」
シェイラはまるで僕をはじめて見るような眼差しで僕の瞳の奥を覗き込み、優しくほほ笑んだ。その瞬間、僕は恋に落ちた。
シェイラは普段しないようなことを相手にさせてしまう女性だった。彼女といると、怠け者は働き者になり、欲張りは慈善家に変身する。おかげで僕も外交使節団として派遣されるドルイド顧問官の一人に任命されてしまった。これも、シェイラに影響された僕が、昔の貸しを引き合いに出して、周囲に協力を求めたからだ。使節団はアラノルンの海岸に沿って航海することになっている。正直に言えば、荒野の旅でさえ遠慮したいところなのに、航海なんて真っ平ごめんだった。だけど、この旅はエルフ宮廷の好奇の目を避けて、シェイラと二人っきりになる絶好のチャンスだった。利用しない手はない。唯一心配なのは彼女の父親、グラミンだ。
グラミンは使節団の団長だった。彼の使命は、新生したエルフの王国アラノルンと近隣の港町との間に友好関係を結び、最終的にはこれらの港町をアラノルン準統治下に置くというものだった。後になって知ったことだが、グラミンは僕が使節団に加わるのを阻もうとしていたらしい。幸いにもグラミンの影響力は投票を左右するほどではなかったようだ。おそらく僕の師匠であり、最も強力な後ろ盾でもあるメナサット様が働きかけてくださったのだろう。元老院議員に味方がいるというのは心強いものだ。
それに、シェイラを僕から引き離そうとグラミンが目を光らせているのを知っていたとしても、あのときの僕は気に留めなかっただろう。航海を始めて八日目僕とシェイラはようやくマストの上に抜け出すことに成功した。僕らは星空を眺めながら語り合った。頭上の見張り台からは、夜警の男の静かな寝息が聞こえてくる。実は、今晩シェイラと二人っきりになれるように、この男に眠り薬を一服盛っておいたのだ。まさかドルイドとして身につけた知識がこんなところで役に立つとは。
シェイラは僕が星に詳しいのにすっかり感心した様子だった。彼女が指さす星の名前をすべて答えてみせたのだからそれも当然だけど。
「僕の好きな星を教えてあげよう」
シェイラは僕の肩にそっと頭をもたれかけ、僕の指に従って東の水平線に見える無数の星を目で追った。その間、僕の頭の中は彼女の髪から漂ってくる甘い香のことでいっぱいだった。僕は目を閉じ、このかすかな香りを一生忘れないだろうと思った。
「ほら、あそこ。水平線の向こうに青い星と赤い星が並んでるのが見えるだろ。今にもくっつきそうな二つの星。同時に瞬くから<恋人たち>って呼ばれていんだ」
「エルウィンはどうしてあの星をわたしに見せたかったのかしら?」シェイラはいたずらっぽく訊き返した。
僕が答えようと口を開いた瞬間、<恋人たち>の前を影がよぎった。はっとして海上に視線を移すと、巨大な漆黒の塊が波間に浮かんでいる。心臓が早鐘を打。船だ。その船はぐんぐんと速度を上げ、瞬く間に目の前に迫ってきた!
海賊の攻撃は驚くほど手際がよく、悪党どもがロープづたいに僕たちの船に攻め込んできたときには、まだほとんどの船員が甲板の下で休んでいた。それからがおぼえてくるのは、叫び声と剣と剣がぶつかり合う鋭い金属音ぐらい。まわりは一面の火の海だった。煙で何も見えない。次から次へと命が奪われてゆく。これほど残酷な光景があるだろうか!
僕はシェイラを助けたい一心で、なんとか彼女を救命ボートまで連れていった。すぐにボートを切り離す。幸いなことに、戦闘は二隻の船上で繰り広げられてたので、僕たちは誰にも気づかれずに暗闇の中へ身を隠すことができた。遠くに見える二隻の船が炎に飲み込まれていく。シェイラは僕の肩に顔をうずめて泣いた。父親のことが胸をよぎったのだろう。
道を外れた木立の中から悲痛なうめき声が聞こえてくる。君は無視して声とは反対の方向へ足を向けようとした。昔から吟遊詩人の語る物語を嫌というほど聞いてきたからだ。お話では、怪しい音を追ってきた者は命を落とすのが常だ。だが、やはりこの苦悶の声をほうっておくことはできなかった。音を立てないように木々を掻き分け、歩みを進める。もう近くまで来ているはずだが、それらしきものは視界に入ってこない。まさか森の精か何かなのだろうか?その手の話も何度となく耳にしたことがあるが、けっして楽しい内容ではなかった。
間一髪だった。目の前に落とし穴があったのだ。君はひざまずき、深く掘られた穴を覗き込んだ。底には狼の仔が見える。助けを求めて叫びながら、必死に側を掻いて這い上がろうとしている。後ろ足の一方をかばっていてうまく歩けないようだ。恐らく転落したときにけがをしたのだろう。
「がんばるだ、チビ」そう言って、君は枝か棒はないかと探した。必要なのは、この仔を引き上げることのできる道具だ。
とはいうものの、周囲に役に立ちそうなものは一切なかった。しかたなく、君は落とし穴のまわりをぐるぐる回りながら中を観察した。2メートルといったところか。成長した狼でもこの高さを這い上がってくるのは無理な話だ。待てよ、ひょっとして君の細長い体を活かせる日がようやく巡ってきたのではないか?君は短剣を鞘から抜き、落とし穴の淵にグサっと突き立てた。穴から抜け出すときに支えとして使うためだ。心を決めると君は一気に穴へ飛び込み、狼の仔のすぐ隣に着地した。
手を伸ばすと、仔狼は吠えたりうなったりした挙句、牙を剥いて噛みついてきた。手が少し切れ、血が流れ出した。
「痛いじゃないか!こっちは助けてやろうとしてるんだぞ!」
そう叫んでから君は、狼の仔が異常なまでに怯えているのに気づいた。容易な救出方法はないと踏んだ君は、その仔をすばやく抱き上げ、腕を引っ掻かれたりまれたりしながらも、どうにか落とし穴の上へと押し上げた。、狼の仔は地上に出たのがようやくわかったらしく、森の地面の上を嬉しそうに飛び跳ねた、やがてその走り回る音も遠のいていった。
「やれやれ、お疲れ様」君は呟いた。
君の手と前腕はまるでイバラの茂みをかき分けて進んだように傷だらけだった。シルク製のチュニックの袖もボロボロで、無惨な有様だ。まったく、これが感謝のしるしとは。
落とし穴から抜け出すのは雑作もないことだった。と安心していたのはそこまで。短剣を鞘に収めようとしたとき、君は何かの気配を感じた。なんと、狼の群が息を潜めて君を取り囲んでいるではないか。
「ぐっ」君は一瞬絶句した。「穴を掘ったのは僕じゃない。神に誓って!」
君は身じろぎ一つしなかった。ヘタな動きを見せればあの世行きだと思ったからだ。群れから黒光りする毛並みの雄狼が進み出てきたときでさえ、まったく姿を崩さなかった。その大きな雄狼は、用心ぶかく濡れた鼻先を君の手のひらに押しつけ、匂いをかいだり、突いたりして様子を窺った。次の瞬間、そいつは君の手を舐め始めた。そして尻尾を大きく振り、喜びをあらわにした。
どうやら仲間ができたようだ。
君はこれまでの旅でたまった垢を洗い流そうと足を止めた。といっても、エルフ宮廷に戻るまでまともに体を洗うことは無理なようだ。ああ、熱い風呂に入りたい!無いものねだりしてもしかたないので、とりあえず顔と手を洗い、池で水浴びをすることにした。そのときだった。君は水際の茂みの陰から、いくつかの小さな顔がこちらをじっと見ていることに気づいた。
「そこにいるのはわかってる!出てくるんだ!」
姿を確認するまでもなく、そのクスクス笑いからスプライトたちだということがわかった。
「こんなところで何をしてたんだ?」
「観察よ」
「そう、わたしたち考えていたの。あなたって実は二人のエルフが合体してるんじゃないかしらって」
「まあ!それにしても本当にデカイのね。そのイカした服の下にはもう一人のエルフが隠れているわね、絶対に」
隙を与えるとスプライトが一日中しゃべりつづけるってことは、過去の経験から知っていたので、君は彼女たちの会話を遮って言った。
「違うよ。僕はこのとおり一人だけだ。名前はエルウィン。エルフ宮廷のドルイドなんだけど、どうやら迷ってしまったみたいなんだ。力になってくれないかな?」
「ドルイドですって?」
「ドルイドには見えないわね」
「違うわ。でっかくて風変わりな吟遊詩人よ!」
「ひょろ長い派手な木、って言ったほうがピッタリ!」
「それっていったい何の木なの?」
お手上げ状態だ。君はため息をついた。スプライトにまで背の高さをからかわれるんだから。
「それで君たちは僕を助けてくれるのかな?」君は尋ねた。「もし協力してくれるんだったら、一日中僕のことをネタにしてからかっても構わないよ」
スプライトたちは円を描くように池の上を飛び回りながら、クスクス、ケラケラ楽しそうに笑った。やがて一人が君に手を振って言った。
「面白そうね!それじゃ、家まで帰るからついてきて。ほかのみんなにも教えてあげたいの!」
岸に流れ着いて以来、彼女は消沈した様子で、ほとんど口をきいてくれなかった。僕にとっては彼女と安全な場所に逃れることが最も切迫した問題だったが、彼女の不安に満ちた表情を隣で見ているのは辛すぎた。彼女の顔は悲嘆に暮れるにはあまりにも美しすぎる。
そこである朝、僕はリンゴを求めてこっそり歩き回った。やがて正午になり、僕たちはサラサラと流れる小川のほとりで休憩をとることにした。
「さあ、お嬢さん。お座りください」そう言って僕は、湿った地面の上に自慢の紫のマントを広げた。こんな状況でちょっとぐらい汚れたからって何だっていうんだ。
シェイラはうなずいて腰を下ろし、キラキラ光る石のまわりを透き通った水が流れていくのを眺めていた。その間に僕は今朝採ったリンゴを袋から取り出し、芸を披露しようと彼女の前に立った。
「いいですか、お嬢さん。このリンゴのうち三つは、お嬢さんが今まで口にしたことがないぐらいジューシーで甘〜いものです」
「じゃあ、四つめのリンゴは?」尋ね返しはしたものの、彼女はこのゲームにあまり気乗りがしていない様子だった。
「なんと四つめのリンゴには魔法がかかっているのです!味は他の三つと大差ありませんが、これをかじった人はあら大変。魔の前にいる人にたちまち恋をしてしまうのです!」
シェイラの唇の端がわずかに笑みを形つくった。
「そういうことなら、わたしは遠慮させていただくわ。間違った人に恋をしてしまったら困るもの」
「そんな!どうかお召し上がりください。それに、この手の魔法のリンゴをかじっても、すでに誰かを愛されている場合には効き目がないと聞いています」
僕はリンゴを背中の後ろで大げさに混ぜ合わせ、その中の一つをシェイラに差し出した。彼女は赤い果実を受け取ると、躊躇せずにガブリとかじりついた。ほとばしる果汁が彼女の豊かな唇を濡らす。これまでリンゴになりたいなんて夢にも思わなかったけど、この日ばかりはリンゴになるのと引き換えに自分の両足を捧げてもいいと思った。
「僕がどのリンゴを渡したか訊かないのかない?」
「別に。どれを食べたって関係ないわ」
シェイラを励まそうとする僕の試みはどれも長続きはしなかった。彼女が落ち込んでいるときは僕も気を揉んだ。だけど、彼女を責めることはできない。シェイラはきっと父親のことや僕たちが命からがら海賊の手を逃れたあおの晩のことを考えているんだろう。父親は今どこに?生きているんだろうか?仲間たちは?僕もずっと同じことを考えていた。なにしろ、見張りの男に眠り薬を飲ませたのは、他ならないこの僕だったのだから。もし見張りの男が起きてたら、海賊船にもっと早く気づいて、グラミンや仲間たちは防戦態勢を整えることができただろう。
こなったのは何もかも僕のせいだ!
「お父さんのことを考えてるのかい?」シェイラが沈んでいるときに、一度だけ訊いてみた。
彼女はこくりとうなづいた。
「シェイラ、僕たちにあのときの詳しい状況はわからない。お父さんが生きている可能性だってあるんだ。聞いたところによると、お父さんはとても強い戦士らしいじゃないか」
「船に残るべきだったんじゃないかしらって思わずにはいられないの。助けることができたんじゃないかって」
[僕たちに何ができたっていうんだい?僕たちは戦士でも何でもないんだよ!」
とげとげしく、きつい言葉だった。なんの慰めにもなっていない。シェイラが聞きたかったのは、あのときの状況がどれだけ絶望的だったかということじゃない。彼女が待っていたのは、父親は生きているという言葉と、彼女は困っている父親を見捨てたわえkではないという言葉だったはずだ。
僕は彼女を抱き寄せ、優しく髪を撫でた。
「シェイラ、君のお父さんはきっと無事だ。僕にはわかる!それにあいつらはただの海賊だ。悪党ごときに、鍛え抜かれたアラノルンの戦士が負けるわけないだろ?」
「そうね、でも...」
「そうさ!それに君のお父さんが君を溺愛していることは周知の事実だ。お父さんが望んでいるのは、君が無事なことじゃないのかな?そうに決まっているよ!だから僕たちはあのとき、君のお父さんが望んだことをやったんだ。ようし、そうとなったらお父さんを捜す方法を考えなきゃ」
「エルウィン、パパがどこにいるかなんて見当もつかないわ!パパもきっとわたしを探し回ってる。それも生きていればの話だけど」
「そうかもしれない。でもお父さんが君を探し出せないでいるとしたら、君が確実に行く場所のことを考えるんじゃないかな。そう、僕たちが訪れる予定だった場所だよ」
僕は自分の論理に誤りがないことを願った。自分がグラミンだったら、娘には最寄りの安全な町に逃げてもらいたい。故郷の町は、歩いて帰るにはあまりにも遠すぎる。とすると、やはりよく知られていない安全な港町ということになるのでは?
「ドルフィンジャンプってこと?」
「そう。ドルフィンジャンプへ急ぐんだ。君のお父さんはきっとあそこで僕たちを待ってるよ」
アラノルンの中心地からこれほど遠く離れた地にエルフの共同体があるとは思いもよらなかった。<審判>の後、エルフ族は想像以上に広い範囲に分散したようだ。
ダンデリオンに住む人々は、感じこそいいものの、どこかしらおどおどしていた。誰に対しても恐怖心を抱いているようだ。だけど、それももっとなことだ。この町はここ何年か、絶えず海賊や盗賊の攻撃を受けていた。住民にとっては苦労の連続だったわけだ。とりわけ軍や指導者の不在が自体を一層悪化させていた。他のエルフの町から遠く離れて暮らしているのが、そもそもの間違いだけど、それに加えて彼らは僕を指導者に選んでしまうという重大なミスを犯してしまった。まったく、エルフ宮廷の一員だっていう僕の一言を聞いただけで決めてしまうなんて。
さっそく住民はこの地域の悪党退治を僕に頼んだ。シェイラの身の安全を確保するためには彼らの協力が必要だったから仕方なかったけど、そうでなかったら僕は夜中にこっそり逃げ出していただろう。僕よりましな指導者なんていくらでもいるはずだ。むしろ、僕が逃げてしまう方が住民のためだ。でも僕には守るべきシェイラがいた。
攻城戦の指揮を取るなんて考えてもいなかった。その上勝利するなんて想像の範疇を超えている。長時間にわたる戦闘で失われた命は数知れない。幸いなことに、戦死者の多くは<針の洞窟>の守備隊の連中だった。死んだのは殺人者や強盗なんだと、僕は自分に言い聞かせようとした。彼らは罰せられて当然なんだ。だけど、そうやって自分を納得させようとしたところで現実は変わらない。僕の重い心はいっこうに軽くならなかった。
僕たちの勝利がほぼ確実になったとき、町の指導者が町中に松明を配置するように命じた。理由はまったくわからない。そんなことをして何の意味があるんだろう?おかげで僕たちは勝利の余韻にひたる暇もなかった。ブツブツと不満をもらしていると、突然誰かの「火事だ!」という叫び声が聞こえてきた。最後の敵兵が倒れてから数秒後のことだ。
僕は軍勢を率いて町中を駆け回り、重要な建造物を保護すべく消火作業にあたった。火の手に包まれた空っぽの家は、他の建物に隣接していない限りそのままにするより仕方なかった。その晩、僕たちは真っ赤に燃え上がる灼熱の炎を相手に長時間の死闘を繰り広げた。終わってみると、町の半分が焼け野原になっていた。家を失った者もいれば、命を落とした者もいる。どうしてこんな目にあわなきゃならないんだ!
シェイラのところに戻ると、彼女は他の住民と一緒になって、煙にまかれた人や火傷を負った人の介抱をしていた。彼女は僕の姿を見るなり飛びついてきて、力いっぱい僕を抱きしめた。
「いったいどうしたんだい?」
「あなたまで失ってしまったと思って」
「’まで’って?お父さんのことだったらドルフィンジャンプに探しに行くって約束したじゃないか?君は誰も失っていないよ!」
彼女はうなずいてもう一度僕を抱きしめた。僕はとっさに自分の体臭のことが気になった。汗に灰に泥。すべてが混ざって強烈な臭いを発している。調香専門の錬金術師でもこの臭いを封じ込めることができるかどうかといったところだ。僕は愛する彼女の気持ちを傷つけないようにゆっくりと身を引いた。
「やらなきゃいけないことが山積みなんだ」
君がノックするより早く、だらしない服装をした遊び人風の男が扉を開けた。
「俺の<<力の指輪>>が悪い魔術師に盗まれちまってよお!あの盗っ人をぶちのめして指輪を奪い返してくれねえか?礼ならはずむからよ!」
馬が川辺で喉の渇き癒している間、僕は上流へ向かい、自分の汚れた服を何とかしようと考えた。体の垢も落とす必要がある。こんなに不潔な格好は生まれて初めてだ!長期休暇をとってまで森の奥に出向いて自然と触れ合いたいなんて思うドルイドたちの気が知れない。そんな長い間、熱い風呂や凝った料理や音楽なしに、どうやって生きていけっていうんだ?
自分がそんな生活に不向きだってことを、このときほど痛感したことはない。僕の帽子は見るも無惨な姿に変貌していた。飾り羽はボロボロに痛んで折れ、つばの縁には戦いの後遺症である裂け目が入っている。こんなものを身につけていてもみっともないだけなので、僕は帽子を森の中に投げ捨てた。ズボンの両膝には黒っぽい染みがべったりとついている。シャツのアクセントだった白いレースのフリルは、火事の煙のせいですっかり灰色に変色してしまった。
このいでたちでエルフ宮廷の門をくぐったら、永久追放されてしまうに違いない!
そのときパキっと小枝が折れる音がした。心臓が一瞬凍りつく。僕はまったく武装していなかったし、連れの者もいない。今ここで攻撃されたら、味方がかけつけてくるまでもたないだろう。それでも僕は思い切って敵に挑もうとした。すると目に入ってきたのはシェイラの姿だった。
「こんなところを一人で歩くなんて危ないじゃないか」
「野営地からそんなに遠くないわ。それに今はあなたと一緒でしょ」
僕はチェニックの袖を元に戻して、顔を赤らめた。
「こんな姿、君に見られたくなかったな」
「どんな姿?」
その声には一種の魅力的な甘さがあった。彼女が近づいてくると、僕はなぜか後ずさり、ブーツを履いた片足を思いきり冷たい小川に突っ込んでしまった。まったく情けない。
「ああ!こんな野蛮なところはもううんざりだ。自分自身にも嫌気がさす。何をやってもこの始末だ!」僕は小川から足を抜きながら言った。
シェイラは声を上げて笑った。だが嫌みというものがまったくない。笑われている僕もいつしか彼女と一緒に笑っていた。
「まったく恥ずかしいよ、シェイラ」僕は言った。「ほら見て!この僕の間抜けな姿を」
彼女がもう一歩僕に近づいてきた。今度は後ずさりしなかった。
「鳥」シェイラは言った。
「え、なんのことだい?」
「憶えている?ほら、舞踏会のときわたしに訊いたでしょ?男の人のハートを盗む以外に何をしてるのかって。そのときの答え。わたし、鳥を育ててるの。少なくとも時間に余裕があった頃は育てていたわ。エルフ宮廷へ通うようになってからは、いろいろな殿方からお誘いを受けるようになって、自分自身の時間がなくなっちゃったけど」
シェイラが他の男と会っていることを考えただけで、胃が締めつけられるような思いがした。僕は何を期待していたんだr?自分も大勢の中の一人ってことぐらいわかっていたのに。
「パパ!」僕のかたわらにいたシェイラは叫び、いきなり駆け出した。
突如として喪失感が僕を襲った。彼女を永遠に奪われてしまう、そんな感覚だった。そして僕たちの冒険がまだ終幕を迎えていないことを切に願った。だからといって、あのまま未開の地にいるわけにはいかなかったことも、重々承知しているけど。
シェイラはグラミンの腕の中へ飛び込んでいった。これ以上の幸せはないといった様子で父親を抱きしめて、キスをする。この瞬間まで彼女は、父親の無事を心の底から信じることができなかったんだろう。僕は二人の邪魔をしないようにゆっくりと歩み寄り、数歩離れた場所で感激の再会が終わるのを待った。
当然ながらグラミンのほうも娘のことを心配していた。生き残った仲間は彼女のことをあきらめていたが、グラミンは執拗なまでに探し続けたらしい。
「危ないことは何もなかったわ、パパ。これもエルウィンのおかげよ」シェイラは僕に視線を移してほほ笑んだ。僕は無理に笑顔を作った。「エルウィンがわたしの命を救ってくれたの!」
グラミンが僕に見せた表情は氷のように冷たかった。あまりにも冷ややかだったので、夜警の男に眠り薬を飲ませたのは僕だったということを見抜かれているような気さえした。
「エルウィン、君には心から礼を言う」
「そんな、お礼にはおよびません」
「まずは」グラミンは急に話題を変えた。「二人とも少し休まないと。そうだな、食事も少しとった方がいい。それではエルウィン、わたしたちはこれで。本当に世話になった」
グラミンが娘を食事に連れて行く場所がどこであろうとも、僕がお払い箱であることは明らかだった。僕もそれ以上しつこくするほど馬鹿じゃなかった。
「それでは失礼します」
そういってから僕はシェイラの目をじっと見た。「さようなら、お嬢さん、またすぐに会えますか?」
「もちろんよ」そう言い終わらないうちに、グラミンは彼女をうながした。
森からでなければよかった、という思いがまたも僕の頭を駆けめぐった。
−−ホワイトタイガーの”しるし”−−
詳細 | |
勝利条件: | 町を所有する唯一のプレイヤーになる |
敗北条件: | 勇者エルウィンを失う |
マップの難易度: | 「中級」ゲーム |
持ち越し: | エルウィン、およびその技能、呪文、経験は、隼のハヤテと一緒にすべて次のマップに引き継がれる。自軍の勇者の最大レベルは 22 |
ハルキー卿は庭園につづく背の高いバラの茂みに身を隠していた。唇の端がわずかに引きつっている。彼の目に映っているのは、エルウィンという華やかな衣装に身を包んだ若いエルフが、シェイラの手を取って踊っている姿だった。二人が<黄金海>沿いに広がる原生林の冒険から帰還してから数週間、ハルキー卿はエルウィンからひとときも目を離さなかった。
エルフ宮廷の男たちは落胆の色を隠せなかった。最近のシェイラは、取り巻きと過ごす時間より、飼っている鳥と過ごす時間のほうが多いからだ。一人で森へ出かけ、お気に入りの鳥の調教に何時間も費やすこともある。彼女が応じるお誘いは、ハルキー卿との晩餐だけだった。ハルキー卿はこの特別扱いに自信を持ってもよさそうなものだったが、彼女は父親の意向を尊重して承諾しているだけなのではないかと気弱になっていた。
それにハルキー卿は、シェイラがあのノッポのドルイドに心を寄せているということも、薄々だが感づいていた。
シェイラとエルウィンがお互いを盗み見したり、意味深なほほ笑みを交わしているのを、ハルキー卿は知っていた。そんな二人を怪しみ、シェイラが隼を腕に乗せていつものように森へ出かけるのを尾行したこともある。案の定、彼が目にしたのは曲がりくねった樫の古樹のそばで彼女を待っているエルウィンだった。そして二人は口づけを交わした。
ハルキー卿がエルウィンの身のほど知らずを片付けようと決心したのはこのときだった。
シェイラは若く、純真だ。あのお調子者の若いドルイドは、危険にさらされながら二人で過ごした時間をうまく利用して、彼女の心を惑わしたに違いない。エルウィンにとってシェイラとのことは、いっときの遊びでしかないのかもしれない。エルウィンは魅力tけいだと宮廷では評されていたが、傲慢でわがままだとも言われている。あいつは着々と出世して、エルフ宮廷に参内するようになった。そして今、シェイラをそそのかし、一気に地位を高めようと企んでいるのだ。
そんなことを許すものか!ハルキー卿はシェイラのことを本気で愛していた。しかし、何の証拠もなしにエルウィンを糾弾することはできない。ハルキー卿は心のどこかでエルウィンと剣を交えたいと願っていたが、そんなことをしてもシェイラは喜ばないだろう。それにここ最近、エルフ宮廷は決闘の類いに難色を示している。今、ハルキー卿に必要なのは、シェイラの前でエルウィンの面目を丸つぶれにすることだ。そう、エルウィンの本当の姿、傲慢で腰抜けな姿をシェイラに教えてやることなのだ。
僕は驚きのあまり声も出なかった。エルフ宮廷はこの僕を召還し、アラノルンとあの正体の知れないホワイトタイガーたちとの間に同盟を結ぶように命じたのだ。
「でもどうして?他にも適任者は大勢いらっしゃるじゃありませんか!」ようやく僕は口を開いた。
「そうかもしれない」議長を務めるハルキー卿が答えた。「だがエルウィン、君だって大したものじゃないか。我々はこれまでに三回ほど、君より経験も技術も資質も勝る使者を送り出してきた。残念なことに、そのすべてが失敗に終わった。包み隠さずに言うと、皆帰らぬ人となってしまったので。ホワイトタイガーたちはアラノルンと手を結ぶことに関心を示しているが、この同盟が両者に利益をもたらすということにはまだ疑問を抱いている。我々はあと一歩というところまで来ている。そこで逆境に負けない君の出番だ。先の冒険で見せてくれた君の驚くべき能力をいかんなく発揮して、我々に吉報をもたらしてもらいたい」
一部の宮廷員が拍手をした。
僕は断るつもりだったが、そのとき大勢の宮廷員の中にシェイラの顔が見えた。アラノルンが僕を必要としているときに尻尾を巻いて逃げたら、彼女はどう思うだろうか?彼女の父親が今以上に僕を嫌うことは確実だ。アラノルンはおろか、アラノルンの前身であるアヴリーを守る戦闘にも参加したことがないという理由で、彼はすでに僕を軽蔑しているのだから。
でも、待てよ。これまで派遣された三人は命を落としている。可能性から考えると、生きて帰れるとは思えない。シェイラと出会った今、死ぬはごめんだ。
「さてエルウィン、引き受けてくれるかね?アラノルンは<審判>の痛手からまだ完全には立ち直っていない。軍も小規模だ。我々の子供たちを守るのに手を貸してくれないかね?」
僕はハルキー卿を見つめ返した。彼の口調には逆らえない絶対的な力があった。
「喜んで!」こうして僕は、夢も希望もない将来を宣告された。
こういう経緯で僕はこのアラノルンの辺境に来ている。少なくとも今回は余分に着替えを持ってきたが。
道端に女性をかたどった金色の小さな像が転がっていた。気になって馬から降りてみる。像を拾おうと腰をかがめたときだった。ほんの数十センチ先から低いうなり声が聞こえてきた。罠だったんだ!顔を上げた僕の目に飛び込んできたのは、下草の陰に隠れていたホワイトタイガーの威風堂々たる顔だった。
「僕を殺すつもりだったら、もうとっくにやっているはずだ。だけど僕はまだこうして生きている。そうだろ?」
話しかける度胸があったなんて自分でも信じられない。本能がそうさせたんだろう。
「そのとおりだ」ホワイトタイガーは答えた。胸元のあたりからわき上がってくるその声は、信じられないほど深みがあった。
「貴公はアラノルンから来たのか?」
「そう。名前はエルウィン。君たちの王、女王、誰でもいいや、とにかく君たちの指導者に話があって来たんだ」
言ってから僕はしまったと思った。宮廷を発つ前に少しぐらいホワイトタイガーについて調べておけばよかった。僕の発言は賢いものとは思えなかった。命にかかわる可能性だってあるってのに。
「我らに指導者はいない。それぞれが自分の縄張りの王や女王だ。ついでに言っておくが、貴公はわたしの縄張りに足を踏み入れておるのだぞ!」
「えっと、それじゃあ、アラノルンと同盟を結ぶ権利を持っているのは?」
「わかっておらんようだな、エルフのエルウィン殿」ホワイトタイガーは苛立った口調で言った。「我々の誰もがその権限を持っておるのだ。つまり、一頭を説得すれば、全員を説得したことになるのだ!」
「それなら楽勝じゃないか」考えなしの言葉がまた口をついて出てしまった。
「何を言っておる!アラノルンのエルフが我らホワイトタイガーに力を貸してくれるという話に皆はいまだ疑念を抱いておる。過去に貴公と同じ種族の者が三人ほど、相互防衛などと言ってきおったが、いずれも我らを窮地から救えんかった。我らが必要としているのは、最悪の悲劇を回避する手段だ。空手形ではない!」
最後の言葉には怒りに満ちたうなり声が混じっていて、僕は慌てて馬の足元まで後ずさった。使命に失敗してあら乗るに戻るのが恥ずかしかったからその場に踏みとどまったけど、そうでなかったら馬に飛び乗ってさっさとその場から退散していただろう。
「その最悪の悲劇ってのは?」
「自分で調べろ、できるならな」
「本当にその問題を解決したいなら、僕に教えてくれるのが一番近道じゃないかな?謎解きなんて、どちらのためにもならないよ」僕は大胆にも言った。さっきより離れた位置に立っていたので、勇気が出たんだろう。
「エルフは我々に剣や弓だけしか与えられないのか?アラノルンに知恵というものがないのか?」
「知恵ならいくらでもあるさ」
だけど、このときの状況に「知恵」なんてものは存在しなかった。
ホワイトタイガーは草陰から悠々とした足取りで出てきた。四肢を伸ばして立つと、身長こそ僕の馬よりやや低かったけど、力はずっと上回っていそうだった。足跡の大きさなんて、晩餐会に使う大皿ほどもあった。いまは引っ込んでいるけど、どれほど凄まじい爪を持っているか、考えただけでも鳥肌が立つ!なぜエルフ宮廷がホワイトタイガーとの同盟にあれほど執着していたのか、このとき初めて僕は理解できた。
僕は身じろぎ一つしなかった。ホワイトタイガーは僕に近寄り、横腹を見せる形で静止した。そして、立ち去ろうとするかのように背を向けたかと思うと、数歩進んで尻尾を高く持ち上げた。
「やめてくれ!」僕はぎょっとして手を顔の前にかざした。
ホワイトタイガーが僕に向かって放尿した。その勢いたるやものすごかった。おかげで僕はびしょ濡れ。泥まみれだった僕の紫のズボンは肌にべったりとくっついている。強烈な悪臭が鼻を刺し、僕は吐きそうになってしまった。
「うわっ!なんでこんなことをするんだ?」
「これは貴公には”しるし”がついた。その衣装をまとっている限り、我らから攻撃を受けることはない。ただし、我が種族の血を一滴でもしたたらせたら、黙ってはおらんからな。そのときは、我らすべてを敵に回すと思え!もちろんアラノルンとの同盟などありえん。全面戦争だ!」
ホワイトタイガーは地面を一蹴りすると、あっという間に森の中へ消えてしまった。
なんてざまだ!これじゃあ”恐怖の下水道男”ってところだ。まったく、僕の衣装ときたら、こうなる運命なんだろうか?
最初に気づいたのは肉の焼ける匂いだった。でも、何の肉が焼けているのかはわからなかった。そこで僕は、戦闘準備を整えて僕につづくよう兵士たちに命じ、地底を進んでいった。
やがて、話し声が聞こえてきた。誰が一番大きい部分を取るかで言い争いになっている。口論しているせいで、僕たちの接近にはまったく気づいていない。僕は素早い身のこなしでさらに近づき、様子をうかがった。数人のトロルが火を囲んで座っていた。炎の上では、皮をはがれて串刺しにされたホワイトタイガーがあぶられていた。匂いのもとはこれだったんだ。
そばに生えている木の枝にはホワイトタイガーの毛皮が吊されていた。まだ血がしたたっている。トロルの中には、別のホワイトタイガーから剥ぎ取った毛皮をさっそく身につけている奴もいる。爪や牙で作られたネックレスは、全員が首からぶらさげていた。串刺しの肉が焼けるのを待っている間、別のトロルがお湯を沸かし、ホワイトタイガーの足からスープをとっていた。
ただちに僕は攻撃を命じた。
僕は死んだトロルたちから剥ぎたてのホワイトタイガーの毛皮を奪い取り、憂鬱な気分で火の中へ投げ込んだ。どうしてこんな下衆どもがホワイトタイガーのような美しい生き物を殺せるんだ?そもそも何のために?牙か?爪か?毛皮か?それとも、滋養強壮の秘薬の材料になるんだろうか?
そのとき、僕はホワイトタイガーを苦しめている”最悪の悲劇”を食い止める使命があることを思い出した。あれはこのことだったのか?この森にはホワイトタイガーを狙っているトロルがまだ他にもいるんだろうか?
トロウがもっといるのだとすれば、この地にたどり着いて以来、ホワイトタイガーを一頭しか見ていないことも納得がいく。
そうだ、彼らが僕に期待しているのはこれなんだ!トロルを全滅させるんだ!
いきなり僕は馬から落ちてしまった!前ぶれもなく空から隼が舞い降りてきて、頭をかすめていったら、誰だって鞍から落ちるさ!その隼が戻ってきて、僕の膝の上に小さな巻物を落としていった。さらに何度か旋回した後、隼はさっきまで僕が座っていた鞍の上にとまった。
動きが止まったおこあおげで、ようやくそれが金色の羽をまとった美しい隼だということがわかった。鋭い漆黒の目が、挑むように僕を見つめていた。
僕は巻物を広げ、目を走らせた。
「愛する人へ
わたしたち二人だけの森の散歩、そしてわたしを優しく包み込むあなたの長い腕。何もかもが恋しくてたまらない。一時間だってあなたのことを考えずに過ごすなんてできないわ。あなたの使命がアラノルンにとって大切なのはわかっているけど、行かないでほしかった。エルフ宮廷はどうして他の人を選ばなかったのかしら?ハルキー卿か、そうでなかったらパパだって良かったはずなのに!
あなたがわたしとここに残ることができなかったのはわかっているわ。せめてわたしもあなたについて行ければよかったのに。でもそれも無理だから、少しでもあなたの手助けをさせてほしいの。その子はわたしの自慢の隼よ。その子は普通の隼に比べて頭がいいの。だから油断しないようにね!その子だって自分の能力をわかっていると思うわ。名前はハヤテ。だけど女の子なのよ。狩りだけじゃなくて斥候もできるように調教しておいたから、あなたが気づかないような危険だって教えてくれるはずよ。
これ以上何もできなくてごめんなさい。わたしにできるんのはあなたを想うことだけ。エルウィン、くれぐれも気をつけて。きっとわたしのところへ帰ってきてね!
愛を込めて
シェイラ」
僕はハヤテ以外の誰にも見られていないことを確認した上で、シェイラの署名に唇を押しつけた。そして手紙を巻き直し、後で何度も読み返せるようにポケットにそっと忍ばせた。
「ハヤテ、もし君が僕とうまくやっていきたいんだったら、一つだけ憶えておいてほしいことがある」僕はシェイラの隼に話しかけた。
ハヤテはまるで「何?」と聞き返すようにクエッと鳴いた。
「降りろ。その鞍には僕が乗るんだ」
君はこの古びた塔のてっぺんからオークたちに見られていることに気づいた。不審に思いながら君は慎重に近づいていった。意外なことにオークたちは攻撃してこなかった。
一人が叫んだ。「ここを通ることは許さん。トロル王のご命令だ!」
トロル王?ということは、この塔の向こうにはトロルたちがいるってわけか。それにしても、なぜこのオークたちはトロルの味方をしているんだ?
「絶対に通れないのか?」君は尋ねた。
「だめだ!とっとと失せろ!」
その口調から何かを感じとった君は、もう少しねばってみた。オークの話し振りから判断すると、好きこのんで番兵をしているわけではなさそうだ。されどころか、ここに駐留しているのにかなりうんざりしているようだ。
「塔の向こう側に行って、トロル王に会いたいんだ!」
「王に何の用があるんだ?」
「彼の首をちょん切ってやろうと思ってね!」君は大胆にもそう答えた。
しばらくの間オークたちは何やらこそこそと話していた。それが済むと彼らは塔の奥に消えてしまったので、君は断られたのかと思った。すると壺が落ちてきて君の足元で砕けた。散らばった破片の中にはメモが入っていた。
君はそれを拾い上げ、文法も綴りもめちゃくちゃな中身を読んだ。
「たくさのトロルいるから俺ら何はできん。お前たおすのみな。なら通るよい」
ハヤテが偵察から戻り、皮手袋に包まれた君の腕にとまった。ハヤテは興奮した様子でクエックエッと鳴き、翼をばたばたと羽ばたかせている。そして口ばしで手袋の親指部分を突き破ろうとした。
ハヤテは危険が近づくとこのような反応を示すように訓練されていた。君はそのことを知っていたが、これほど興奮しているのは初めてだ。君は軽く腕をふってハヤテを再び飛び立たせると、武器を構えた。ちょうどそのとき、林に隠れていたトロル王の軍勢が突撃してきた。
「勝ったぞ!」最後のトロルを倒し、僕は歓喜の声を上げた。
僕は使命を果たしたんだ!やっとこのプンプン臭う服を脱ぎ捨ててシェイラのもとに帰れる。
僕はトロルの死体の間を歩き回り、着ていたホワイトタイガーの毛皮を次々に剥ぎ取っていった。後で火にくべて葬ってあげようと思ったからだ。そのとき、風に乗ってかすかな声が聞こえてきた。肩にとまっていたハヤテの爪が肌に食い込む。ハヤテにも聞こえるのだ。だけど、その悲しげな声は、危険をはらんでいるようには聞こえなかった。そこで僕は音の源を探してみることにした。
やがて僕は愚かにも軍勢を離れて林の中へ入っていった。かすかだった声が徐々に大きくなってくる。声は丘の側面にぽっかり開いた穴から聞こえてきていた。虎の巣穴だ。
「エルウィン、馬鹿な真似はよせ。その中に入っちゃだめだ」僕は自分に言いきかせた。だけど、根っからの天邪鬼な僕は、自分自身の命令にも従わなかった。
大きな巣穴へ身長に足を踏み入れ、内部の暗さに目が慣れるのをしばらく待った。ホワイトタイガーにオシッコをひっかけられたズボンのまま歩き回っていたおかげで、まわりの不快な臭いはまったくと言っていいほど気にならなかった。
しばらく歩くと、泣き声の原因が見つかった。それは巣穴の奥の壁にもたれて縮こまっている雌のホワイトタイガーだった。ホワイトタイガーは目を開いて僕を見つめた。僕がエルフであることに気づいて驚いた様子だ。
「同族かと思っておった」
「僕のズボンが君たちの同族なのさ」僕は軽い調子で言ったが、すぐに冗談を言うにはふさわしくない状況だと悟った。「どうしてそんなに悲しんでるんだい?トロルにひどいことをされたのか?」
突如として彼女は洞窟の天井に向かってうなり声を上げた。
「トロル!あやつらなぞ、ただの小悪党じゃ!」
小悪党?じゃあ、僕は小悪党相手に今までいったい何をしていたっていうんだ?
「それ、どういうこと?」
彼女は立ち上がり、ずっと抱きしめていたものを見せてくれた。それは小さなホワイトタイガーの遺骸だった。彼女はその立派な鼻で冷たい赤ん坊を軽く突いた。
「死産じゃ」彼女は言った。「この二年というもの、森全体で無事に生まれた赤ん坊は一頭もおらぬ。我らにもその理由や経緯はわからぬ。じゃが、夢に決まって出てくる奴がいる。そいつは邪悪な姿をしていて、地底に潜み、わらわたちの赤ん坊を喰らっているのじゃ!」
ホワイトタイガーは死んだ赤ん坊を優しく口にくわえ、重い足取りで洞窟から出ていった。僕は追わなかった。そっとしておくほうがいいように思えたからだ。
僕は頬に流れる涙を拭いながら、自分がこれまで思い違いをしていたことを知った。彼女が言ったように、トロルなんてだたの小悪党だったんだ。
赤ん坊の死。これこそがホワイトタイガーたちの”最悪の悲劇”だったんだ。
洞窟へと足を踏み入れたとたん、異臭が鼻を突いた。ズボンに染みついているホワイトタイガーのオシッコよりも強烈だ。僕は息が詰まりそうになり、シャの胸元を引っぱり上げて口と鼻を押さえた。どうにか臭いを防げるかと思ったけど、あまり役に立たなかった。
「このツンとくる臭いはいったい何なんだ?」
隣に立っていた僕の部下も、腕で鼻を押さえている。彼女の目には恐怖の色があった。
「死臭です」彼女が教えてくれた。「用心して進んだほうがいいでしょう。この臭いの強烈さから言って、死体は一つではないはずです」
言われなくたって、こんな真っ暗な洞窟を何も考えずに進んだりするもんか。空気は冷たく、まわりの壁は湿気を含んでヌルヌルしている。こんな場所には一時間だっていたくない。ましてや、すべての通路を見つけるのに何日も何週間もとどまるなんて、絶対に願い下げだ。
僕は自分のささやかな軍勢を振り返って命じた。「五人に一人は松明を持つんだ!」
最初の松明が灯され、その場が一瞬明るくなった。ちらりと奇妙な影が見えた。そのとき、奴らが襲ってきた。暗闇に身を忍ばせ、血に飢えながら僕たちを待ち伏せていたのだ。
この辺りの洞窟を守っている亡者や悪鬼どもの動きは驚くほど統制が取れていて、大規模な軍勢の一部としか思えなかった。だけど、奴らを尋問してみたとろで何も始まらない。それにしても、奴らは恐れというものまったくを抱いていない。奴らを指揮しているのが誰なのかは皆目見当がつかなかったけど、それが誰であろうと、最近のホワイトタイガーの死産に関係があることだけは間違いないだろう。
この呪われた地底世界には天井の高い洞窟もある。シェイラの隼、ハヤテが羽を伸ばして飛ぶには十分な広さだ。それなのに、この暗い洞窟に入ってからといもの、ハヤテはすっかり元気をなくしてしまっていた。ハヤテと同じく、僕も頭上に広がる空が恋しい。この僕が森に帰りたくなるなんて。まったく誰に想像できただろう?
殺すのは好きじゃない。この数ヶ月でだいぶ慣れてきたけど、相手がどんな生き物であれ、命を奪うのは後味が悪かった。トロル王を殺したときでさえ、良心の呵責にさいなまれたものだ。あいつが残忍で冷酷な森の害毒だったことは疑う余地もないけど、僕が命を奪うまではあいつだって生きていたんだ。
だけど、ネクロマンサーのワーラークの息の根を止めたときには、そんな罪悪感をまったく感じなかった。とりわけあいつの棲家の下に隠された暗黒の地下室を目にした後では。あの湿っぽい部屋に入ったとき、僕はその中のすべてが高度な魔術に使われるものだと悟った。床と天井には地で描かれた絵があり。瓶にはホワイトタイガーの眼球が保存されていた。他にも、爪、牙、骨、そして口には出せないような品々が並べられていた。そのすべて寿命をはるかに超えて生きつづけてきたというわけだ。
その異常な長命を保つのに、ワーラークはどれだけの子供を犠牲にしたんだろう?
僕の罪の意識なんてなかった。それどころか誇りにさえ思った。ワーラークの歪んだ精神に巣食っていた邪悪な知識が消滅した今、世界は以前よりマシになったはずだ。
僕は油と松明を用意し、ワーラークの黒魔術に終止符を打った。
−−真実の愛−−
詳細 | |
勝利条件: | <<真実の愛を鏡>>を作る |
敗北条件: | 勇者エルウィンを失う |
マップの難易度: | 「中級」ゲーム |
持ち越し: | エルウィン、およびその技能、呪文、経験は、隼のハヤテと一緒にすべて次のマップに引き継がれる。自軍の勇者の最大レベルは 28 |
シェイラの父親と一悶着あった後、僕は人目を避けるために、アラノルン宮廷の庭園の奥へ引っ込んだ。穏やかに流れる小川沿いの芝生に腰を下ろし、冷たい水にハンカチをひたして腫れ上がった頬を軽く押さえる。グラミンのパンチは強力だった。顔中が痛む。顔の痛みはさておき、最悪なのは公衆の面前でシェイラとの結婚を断られ、大恥をかいたことだ。
この二週間というもの、僕はホワイトタイガーと同盟を結ぶのに成功したことで、アラノルンの勇者としてちやほやされていた。この一件でグラミンの僕に対する考え方も変わっただろうと、当然のように思っていた。その余勢をかって、いつもの密会の場で、僕は思い切ってシェイラにプロポーズした。彼女はもちろん承諾してくれた。そうなれば後は彼女の父親に許してもらうだけだ。僕たちは慣習どおりエルフ宮廷の全員が揃っているときにグラミンのもとへ行き、シェイラとの結婚を認めてくれるように頼んだ。
彼の答えは、僕の頭蓋骨を砕いてしまいそうなパンチだった。何が彼をそんなに激怒させたのか見当もつかない。僕はそれほどまでに嫌われていたのか?
僕を殴った後、グラミンは言った。「今後はわしの娘を見つめるだけでも許さん。そのときは剣でお前の心臓を串刺しにしてやるからな!」
意気消沈した僕は、庭園に隠れて傷ついた体と心を癒していた。ふと駆け落ちという手段が脳裏をかすめた。僕はアラノルンを脱出する方法まで考えたが、行き先となるととこも思い浮かばなかった。そのとき、引き締まった手が僕の肩をたたいた。振り返ると、そこにいたのは最も意外な人物だった。
「大丈夫か?」ハルキー卿が言った。「医者を呼ぼうか?」
わたしは首をふった。
「あれはまったくやり過ぎだ」そう言ってハルキー卿は僕の隣に座った。
「僕が知りたいのは、彼がどうしてあそこまで僕を嫌っているかってことです」
恋敵とも言える男に胸のうちを明かしたくはなかったが、どうしようもなかった。僕には話し相手が必要だった。そして、その場にいるのはハルキー卿だけだった。
「グラミンがどれほど過保護かってことは、君も知っているはずだ。あまり深く考えない方がいい。わたしだって彼の目から見ると、シェイラの相手として十分ではないらしいからな!」ハルキー卿とグラミンは見た目にはかなり仲が良かったので、僕には信じられない話だった。
「でも僕たちは愛し合っているんです!あの人にはそれがわからないんでしょうか?」
「わたしにはわかる。だからわたしは君を助けたい」
「どういうことだ?」
「そう、助けたいんだ。そんなに信じられないことかな?わたしはシェイラのことを心から愛している。だから彼女が傷つくのを見たくない。実際、彼女が幸せになるためだったら何でもしようと思っている。それが彼女から身をひいて他の男に譲ることでもね!」
その言葉を聞いた僕は、これまでずっとこの男の歯をへし折ってやりたいと思っていたことに罪の意識を感じた。彼の死を空想することもよくあった。
それも、つまらない戦いで命を落とすとか、落馬するとか、人参を喉に詰まらせて死んでしまうといった類いの空想だ。そして邪魔者が消えた後、僕がシェイラを独占するのだ!それにもかかわらずハルキー卿は今、僕がシェイラと結婚できるように協力すると言っている。
僕は彼の手を取って言った。「ハルキー卿、これまで僕があなたを憎んでいたことをお許しください」
ハルキー卿はクックッと笑い、僕の頭を父親のように撫でた。
「君が僕のやきもちを許してくれるならね」
「当たり前だ!」
「では、今からわたしたちは仲間だ、エルウィン。さっそく仲間として、グラミンの気持ちを変える方法を教えてやろう。いちかばちかの賭けだが、多分うまくいくだろう」
「何でもやる覚悟です!」
ハルキー卿は、<審判>が到来し、誰もがアヴリーから脱出したときのことを語った。そのときグラミンは<<エルフ王の弓>>を預かった。エルフ王はアヴリーに残り、軍勢を率いてバーバリアンの王キルゴールと戦って討ち死にしたが、グラミンは<門>をくぐり抜け、エルフ族を率いる力の象徴である<<エルフ王の弓>>を携えてこの世界への脱出を果たした。
「だが、グラミンは弓を失ってしまった」ハルキー卿は言った。
「そんな話、はじめて聞きました!」
「それはそうだ!グラミンは弓をなくしたことを恥じ、一人だけ、つまりわたしにしか話していないんだ。グラミンは四方八方、手を尽くして弓を探しているが、まだ見つかっていない。で、考えてみてほしい。もし君が<<エルフ王の弓>>を探し出し、彼の手に返すことができたら、どれほど彼は君に感謝するだろう?」
僕はにやりと笑った。希望はまだあるのだ。
翌日、僕はハルキー卿の弓兵隊と共にアラノルンを出発した。弓兵隊の隊長はミリラスという堅苦しい感じのエルフだった。僕は彼と並んでグラミンが<<エルフ王の弓>>を失くしたと思われる場所まで馬を走らせた。そこは海岸に誓い未開の辺境で、シェイラと僕がお互いについて知ることになったあの森を思い出させた。今となっては甘い思い出だ。
「ここだ」ミリラスは言った。
僕はまわりを見渡した。そこは深い森に四方を囲まれた峡谷だった。僕は怪訝な顔でミリラスで振り返った。僕の目に飛び込んできたのはギラリと光る剣の切っ先だった。ミリラスの背後では弓兵隊が長弓に矢をつがえている。
「よく聞け、エルウィン。死にたくなかったらな」ミリラスは言った。
僕はごくりと唾を飲んでうなずいた。同時に、何でこんなことになったのか懸命に考えようとした。状況を理解えきても良さそうなものだったが、このときは突然の裏切りに大きなショックを受けていて、うまく頭が回らなかった。
「わたしはお前の喉を切り裂き、死体を野獣たちへの置き土産にするように命じられている。しかしそれはやめておく。お前はまったく頭が悪い。引き際というものを知らなすぎる。今すぐお前を楽にしてやることもできるが、殺すのはやはりわたしの良心が許さない」
僕はようやく自分の馬鹿さ加減に気づき始めた。ハルキー卿はシェイラと結婚するために僕をあの世に送りたがっていたのだ。あいつはシェイラの父親にも僕を嫌いになるような話でっちあげていたんだろう。とんだお笑いぐさだ!ハルキー卿と言えば、ホワイトタイガーとの交渉を僕に命じた張本人じゃないか。あいつの思惑では、あのときに僕は死ぬはずだったんだ。ところが周囲の予想とは反対に、僕は使命を果たした。そこで今度は違う手を使ってライバルを抹殺しようとしているってわけだ。
自分から罠にかかるなんて!こんなに馬鹿な奴がいるだろうか?ミリラスのお情けがなかったら、僕は今ごろ死んでいるはずだ。
「<<エルフ王の弓>>のことはすべて嘘だったんだね?」
「いや。グラミン殿は確かに<<エルフ王の弓>>をこの世界に持ってきた。そして元老院に引き渡してる。元老院は次のエルフ王に渡すのを待っている状態だ」
どうして僕の師匠で元老院議員のメナサット様にこの馬鹿げた探索行の話をしておかなかったんだろう?そうすれば、騙されているってことがわかったはずなのに!
「それで、僕はどうなるんだ?」
ミリラスは僕の顔につきつけていた剣を引き、峡谷に切っ先を向けた。
「ここに住むんだ。永遠にな!森にはたくさんの鹿がいる。水が欲しければ小川もある」
僕はまわりを見た。まるで首に鉄の枷をはめられたような気分だった。
「平和そうだ」僕は呟いた。
「エルウィン、わたしはこの辺りの地理に詳しい。この地域を任されて一年以上になるからな。峡谷から抜け出す道はたった一つ。そこはわたしの部下が目を光らせている。お前がここを脱走したら、地の果てまでも追いかけてやる。憶えておけ!見つけたら、そのときはもう容赦しないからな」
「選択肢はないってことだよね?」
「そうだ」ミリラスは答えた。「この峡谷か、さもなければ死だ!どちらが好みだ?」
「あきらめるしかないってことか」
ハルキー卿の裏切りがようやく理解できた僕は、はらわたが煮えくりかえる思いだった。こんなところで終わってたまるもんか!
ミリラスが僕の逃亡を予想していることはわかっていた。彼は常に僕を見張っているはずだ。だけど、何もせずにこんなところに閉じ込められているならんて、もう僕には耐えられない!ハヤテを除くと、僕は独りぼっちだった。最近の冒険で身についたことを利用すれば、彼らに見つからないように逃げ出せるかもしれない。やってみなければわからないけど。
峡谷を脱出してから間もなく、僕は後をつけられていることに気づいた。ミリラスの立派な軍旗にそっくりの赤い旗がちらりと見えたのだ。僕は彼らをまこうとしたが、相手は何といっても鍛え抜かれたレンジャーたちだ。翌日になって僕は彼らがかなり近づいてきていることを直感した。迫りくる死の恐怖に僕は震えた。
馬が限界を迎える直前まで僕は必死に逃げつづけた。僕が立ち止まったのは、単に馬を殺したくなかったからだ。僕は死の訪れを待った。
一時間もしないうちにエルフの射手が五人、木陰から現れた。弓には矢をつがえている。ミリラスの部下だ。彼らの表情を見て、僕は殺されることを悟った。何を言っても気を変えることはないだろう。そう思った僕は相手に背を向け、さっさと片付けてくれることだけを願った。
そのとき、怒りに満ちたうなり声が聞こえた。僕が振り向いたときには、もう射手は全員死んでいた。怒り狂った数頭のホワイトタイガーによって噛み殺されたのだ。群れの中で一番大柄な雌が、僕にゆっくりと近づいてきて匂いをかいだ。
「そなたからは同族の匂いがする」彼女は言った。
僕は慎重に袋に手を伸ばし、ホワイトタイガーのオシッコが染みついた紫色の布きれを引っぱり出した。
「僕の名前はエルウィン」
ホワイトタイガーたちは顔を見合わせた。
「その名前なら知っておる。しばらく前にその匂いに気づいて後をつけてきたのじゃ。わらわたちは何週間もそなたを観察しておった。手を貸そうかとも思ったが、わらわたちを必要としているのか、よくわからなかったのでな」
「必要だよ。めちゃくちゃ必要さ!ある男が僕から愛する女性を奪おうとしているんだ!」
「そなたの想い人はなぜそいつを食いちぎらぬ?」
「彼女は騙されていることに気づいてないんだ。手を貸してくれるかい?」
雌虎が全員を代表して答えた。
「状況はよく理解できないが協力しよう、エルフのエルウィン。そなたにはたっぷり借りがあるからな!」
ワタリガラスが舞い降りてきて僕の肩にとまった。足には手紙が巻きつけられている。突然やって来たそのカラスは、危うくハヤテに殺されてしまうところだった。
僕は手紙を開き、目を通した。それは匿名の手紙だった。
「急ぐんだ、エルウィン!
お前がこの手紙を受け取る頃には、シェイラはハルキー卿と結婚しているだろう!お前が旅に出てから数日後、彼らは婚約を発表した。すぐにでも挙式する予定だという。シェイラは幸せそうだが、わたしにはそれが本当の気持ちだとは思えん。わしが目にしたのは一夜で完全に心変わりしてしまった女性だ。何らかの魔法がかかっているはずだ。おそらく惚れ薬だろう。
急いで帰ってきてほしいが、アラノルンに入る前に万全の準備をするように。準備を怠ると何かもかもが台無しになってしまう。そこでお前に最後の助言を与える。お前が学問に励んでいた頃(そんな頃もあったのだ!)、お前は<<真実の愛の鏡>>のことを学んだはずだ。ハルキー卿が若きシェイラにかけた魔法がどんなものであれ、それを解けるのはこの鏡をおいて他にあるまい。
鏡を作るのだ、エルウィン!そしてアラノルンに帰って来い」
僕は手紙を読みながら、心臓が止まってしまうかと思った。そんなことがあっていいもんか!汚すぎる!
<<真実の愛の鏡>>を作るのに必要な最初の材料は、白銀と呼ばれる珍しい合金だ。これを作るのは力のある錬金術師だけだ。そこで君は、白銀を作ってくれるという男を訪ねて、この寂しげな家にやって来た。
錬金術師は杖をついた老人だった。君は彼に白銀が必要なわけを話した。老人の手元に白銀はなかったが、作ってくれるという。
「それは助かります。何らかの形でお礼をしたいんですけど」
「そうじゃな」老人は言った。「あんたがそう言うならお願いしよう。わしも昔ほど身が軽くない。大事な実験があるんじゃが、材料がなくて延ばし延ばしにしておる。その材料を持ってきてくれんか?そのかわり、あんたが材料を持ち帰るまでの間に白銀を用意しておこう」
君は承諾し、何が必要なのか尋ねた。
「わしが必要としているは、<<歓喜のポーション>>、<<敏捷さのポーション>>、<<耐性のポーション>>、<<耐久のポーション>>の四つじゃ。四つすべてを持ってきてくれたら白銀を渡そう。隠れた白銀細工の名人として知られている宝石商の家も教えてやろう。なにしろ白銀というのは誰にでも扱える代物じゃないからな!」
→[117,67]の森が消える。
僕の毎日はまるで嵐のようだ。混乱の中、行く先も見えず、危険に満ちている。頭を使うこともまもとにできない。そのせいで、シェイラに手紙を書くのにもかなりの時間を要した。
僕はきちんと彼女の口からハルキー卿と結婚したことを聞きたかった。僕は自分をもっと痛めつけたいのだろうか?そうかもしれない。
匿名の手紙がでたらめだと決めつける理由はどこにもなかった。それどころか、これを書いたのは、僕にドルイドの技術を伝授し、エルフ宮廷に出入りする資格を与えてくれた師、メナサット様ではないかと感じていた。だが、メナサット様は孤独を好む変わり者だ。自分の研究と元老院のことしか頭にない。そんなあの人が、僕の個人的な問題に首を突っ込むだろうか?
そこで僕は筆を取り、シェイラ宛てに手紙をしたためた。今回はいつものような詩ではなく、単刀直入なものだった。僕はまず、もうすぐアラノルンに帰還することを記し、僕の永遠の愛を誓ったばかりだというのになぜハルキー卿と結婚してしまったのかを尋ねた。人目を離れた森の池のほとりで、ほのかな月明かりの下で愛を誓ったのはついこの前のことなのに。
僕は彼女からの返事を何よりも恐れた。
錬金術師はうんうんうなりながら白い金属を塊をテーブルまで運んだ。白銀作りに精を出して疲れた老人は、椅子に座り込み、額に浮かんだ汗をぬぐった。
「お若いの、これがお望みの白銀じゃ。ポーションは持ってきたかね?」
「もちろんです。さあ、どうぞ」四つのポーションをテーブルの上に置きながら君は答えた。「確かに<<真実の愛の鏡>>を作ってくれる宝石商を紹介してくれるっておっしゃいましたよね?」
「おお、そうじゃった!そいつは北のはずれにおる。そいつの家はちょっと道から外れておるが、気づかんということはあるまい。ただし、あらかじめ言っておくが、あいつはただで仕事をするような奴ではないぞ。せいぜい頑張るじゃな!」
→[105,32]の壁が消える。
シェイラからの返事を読む勇気を奮い起こすのに一日近くかかってしまった。
「親愛なるエルウィン
わたしを許して。でも、わかったの。ハルキー卿とわたしは結ばれるべきだったということが。運命の相手だったのよ!わたしとあなたの間にあったものは、うぶな恋い、そう”幼な恋”って呼ばれるものだったんだわ。あれはただの子供だまし。ハルキー卿がわたしの人生の一部になった今、わたしには本物の愛というものがわかるの。
わたしの幸せを祝福してね、エルウィン。あなたはあなたの人生を歩んで、ハルキー卿がわたしに与えてくれたものをあなたにも与えてくれる人を探すのよ。あなたの心の渇きを癒してくれる誰かをね。
あなたはいつか愛する女性を幸せにすることができるわ。それまでは友達でいさせてね。幸運を祈るわ!
ハルキー卿婦人、シェイラ」
次の朝になって副官が僕のテントに入ってきたときも、僕はまだ涙を流していた。
宝石商はやせっぽちのドワーフだった。じっとしていることができないらしい。君がいきさつを話している間にも、三つの仕事を同時に進めているようだった。
「わかった、わかった。<<真実の愛の鏡>>が欲しいから、白銀で枠を作ってくれっていうんだろ?引き受けてもいいが、白銀の細工ってのは大変なんだ。手間に応じた報酬をちゃんと払ってくれるのかね?」
「もちろんだ!黄金でいいか?」
「黄金なんていらん!いくらでもあるからな。今不足しているのは宝石だ!宝石を40ポイント持ってくるんだ。そしたら枠を作ってやろう」
僕はほとんど眠れなかった。
目を閉じるたびに、シェイラとハルキー卿が腕を組んでいる姿が思い浮かぶ。そしてハルキー卿の子供を身ごもってお腹を膨らませたシェイラを想像してみる。二人は幸せそうだ。
毎晩、僕はテントに引きこもり、冷たい短剣の柄を握りしめた。ここ数日というもの、食事にもワインにも、音楽にさえも喜びを感じない。唯一の楽しみはハルキー卿と再会する瞬間を思い描くことだった。
僕はハルキー卿の詩を切望していた。かつてシェイラの愛を求めたように!
野営地の隅の指定席で僕が不機嫌な顔をしていると、ホワイトタイガーが近づいてきた。
「アラノルンからの使者と名乗る者が来ているが話すか?それともわらわが食い殺してやろうか?」
「ここにつれてきて」僕はため息をつきながら答えた。
やがて二頭のホワイトタイガーに連れられて若いエルフが僕の前に現れた。その使者は僕と同い年ぐらいだったが、彼に比べると僕は精神的にかなり老けてしまっていた。
「誰の命令で来た?ハルキー卿か?」僕は吐き捨てるように言った。
「あの、実はわたくし、エルフ宮廷の使者として参りました」
「ハルキー卿の言いなりになっているあのエルフ宮廷か!」
この使者の口からどんな言葉が出ようとも、それはハルキー卿の言葉に違いない。突然、僕はナイフを握り締めたくなった。
「早く用件を言え!」
「ええとですね、最近この地域で行われているあなたの犯罪行為を考えますと...」
「犯罪行為?」僕は声を荒げた。
「はい。あのアラノルン軍と要塞への攻撃のことだと思われます。続きを言いますと、エルフ宮廷はあなたに分別ある行為、すなわちわたくしたちに降伏することを望んでいます。あなたのことは公正に遇するとお約束します。裁判も公正に行われます」
僕は腹の底からわき上がる怒りをこの気の毒な使者にぶつけないように必死でこらえた。怒りを爆発させる代わりに、僕はゆっくりと立ち上がって使者に背を向け、彼から見えないように歯を食いしばった。あまりにも力を入れていたので、危うく歯が折れてしまうところだった。
「戻って変じを伝えてもらいたい。エルフ宮廷全員の前で発表して欲しいんだ。これは僕の権利だ」
「はい。あなたにはその権利があります」
「僕は犯罪者などではない。そしてハルキー卿を計画殺人、およびシェイラを無理やり結婚させた罪で告発する。そう伝えるんだ!」
「しかし、わたくしは...」
「伝えるんだ!」僕は言い放った。
君はこのせかせかしたドワーフの仕事に多少の不安を抱いていたが、美しく装飾された白銀の枠を目にして感心してしまった。
「この出来栄えだ、宝石 40 ポイントで譲るのは惜しいが、約束は約束だからな」
噂によると、このさすらいの商人だけが人の足に踏まれていない純粋な砂を持っているらしい。<<真実の愛の鏡>>の鏡面を作るには、この砂が一キロほど必要だ。商人は君の目を見て窮地に立たされていることを見抜いたのだろう。一袋の値段を尋ねると、彼は答えた。「黄金10000ポイントだ。びた一文まけないぞ!」
「そんな法外な!」
「お前は俺がこの純粋な砂を手に入れるのにどれだけ苦労してのかわかっていない。一筋縄じゃいかなかったんだ!
交渉するだけ無駄な雰囲気だったので、君はさっさと店を出た。
黄金の大袋を抱えながら店に入ったものの、たった一袋の砂にこんな大金を支払うことが突然ばかばかしく思えてきた。そんな君の気持ちにお構いなく、商人はホクホク顔で君に砂を渡し、金貨を一枚一枚数えながら積み上げていった。
「その純粋な砂がお前の求めているような鏡にするには高熱が必要が。それができるのはドラゴンの吐息ぐらいのものだ。わかっているだろうな?」立ち去ろうとする君に商人が言った。
「ええ、でもドラゴンがどこにいるのかわからないんです」
「ああ、それだったら教えてやろう!東に棲家がある。でもあいつには気をつけたほうがいい。あいつは数少ないレッドドラゴンの生き残りだからな。話を切り出す前にガブッ、なんてね!」
レッドドラゴンは君を待っていた。商人はあんなことを言っていたが、レッドドラゴンに君を餌にする気はまったくないようだ。
「お前がミリラスとかいうエルフと戦っている奴だな?」レッドドラゴンが言った。
「はい」
「やっぱりそうか!ぜひ、あいつに目にもの見せてやってくれ!」
ようやく君は口を開いた。「実は頼みがあるんだ。純粋な砂を鏡に変えてくれないかな?<<真実の愛の鏡>>を作りたいんだよ」
「本気か?」レッドドラゴンは疑うような口調でゆっくりと言った。「話を聞かせてもらおう。始めからだぞ。長い話は大歓迎だ」
巨大なレッドドラゴンの機嫌を損ねることは避けたかったので、君はすべてを語った。
君の話が終わると、レッドドラゴンは体を後ろにそらして行った。「ふうむ、お互いに協力できるかもしれんな」
「いかにして?」
「ミリラスめが先日、俺様の恋人を捕らえおったのだ。俺様の恋人は、お前がお目にかかったことないような、それはそれは美しいブラックドラゴンでな!」
そう聞いた瞬間、僕はレッドドラゴンに心から同情した。君の気持ちはよくわかるとも!
「それで君の彼女はどこに?」
「あいつの町のどかに監禁されているはずだ!俺自身も探し回ってみたんだが、見つからなかった。それにあいつの町は守りが固くて、攻撃することもままならん。俺の恋人を奪い返してくれたら、鏡ぐらい喜んで作ってやろう!」
中庭の中央には鎖に繋がれた巨大なブラックドラゴンがいた。衰弱しているようだが、その目は怒りに燃えている。
僕はブラックドラゴンを解き放つべきかどうか迷った。その怒りを僕の軍勢にぶつけてくるかもしれない。そこで僕は、ここに来た理由を説明し、恋人のところへ連れ帰ってあげると約束した。それを聞いたブラックドラゴンは、僕の軍勢に参加してくれることになった。
君はドラゴンのカップルが空に舞い上がり、踊るように雲の合間を飛び回っている様子を見て胸をなでおろした。君はしばらくその光景を見つめていたが、もしかして自分のことをすっかり忘れているんじゃないかと心配になったきた。君があきらめかけたとき、ようやくレッドドラゴンが戻ってきて、君の目の前に地響きを立てながら着地した。
「約束は忘れていないぞ、エルフ。砂を持ってこい、お前が欲しがっている鏡に変えてやろう」
鏡が完成すれば、ようやくアラノルンに帰ることができる。シェイラを解放することができるのだ!
シェイラと再会するという僕の夢はブラックドラゴンが息を引き取った瞬間に消えてしまった。<<真実の愛の鏡>>を作ることはもうできない。つまり、シェイラとはもう会えないということだ。
シェイラに会えないなら、戦いに何の意味があるっていうんだ?もうおしまいだ!
−−鏡に映りしもの−−
詳細 | |
勝利条件: | ミリラスを探し出し、ハルキーマナーを制圧する |
敗北条件: | 勇者エルウィンを失う |
マップの難易度: | 「上級」ゲーム |
持ち越し: | エルウィン、およびその技能、呪文、経験は、隼のハヤテと一緒にすべて次のマップに引き継がれる。自軍の勇者の最大レベルは 32 |
僕のささやかな軍勢は、ミリラスを追って何キロも森の中へ入っていった。しかし、最高のレンジャーでも、ミリラスに追いつくことはできなかった。とうとう僕たちはあいつを見失ってしまった。だけど、少なくとも逃げた方向だけはわかっている。こうして僕は、二つの目標を胸に、ハルキー卿の領地に足を踏み入れた。
一つめの目標は、ミリラスを捕まえることだ。エルフ宮廷は僕に罪人の烙印を押した。それもハルキー卿から提出された偽の証拠や証言を鵜呑みにしたからだ。故郷に戻れる日が来たら、まずはハルキー卿の陰謀の証人をエルフ宮廷に突き出さなければ。証人にぴったりなのはミリラスだ。もちろん、ミリラスが正直に喋るという保証はどこにもない。いや、見込みはほとんどないと言ってもいいだろう。だけど僕は、シェイラを全身全霊で愛している一方で、アラノルンも愛してる。祖国から永久追放されるのは辛すぎる。
もう一つの目標は、シェイラをハルキー卿の手から救い出すことだ。つい先日、僕はエルフ宮廷にいる匿名の味方から手紙を受け取った。その手紙によると、二人はハルキーマナーで結婚式を挙げるつもりらしい。ハルキーマナーといえばこのあたりで一番大きな町だ。
シェイラ、ハルキー卿、ミリラス。役者が一つの場所に揃うことになる。このごたごたに決着をつけるには全員が必要だ。しかし注意しないと、誰かを取り逃がしてしまうことになるかもしれない。いや、一人残らず逃してしまうことだってありえる。そもそも僕自身の命だって危ないかもしれないんだ。
この地域に足を踏み入れた時点では、ミリラスはハルキーマナーに逃げ込み、主君と合流するだろうと考えていた。ところが集めた情報によると、ミリラスはこの一帯の町にまったく姿を見せていないらしい。ということは、ミリラスはどこかに身を隠しているのだ。
密偵の一人が耳寄りな情報を持ち帰った。ミリラスの兄がスピリットオークに住んでいるらしい。問題は、ハルキー卿がスプリットオークの守りを固めているってことだ。ミリラスの兄に会うためには、攻城戦をしかけなければならない。だけど、それしか今の僕にはミリラスを見つける方法がなかった。
斥候の言葉に僕は耳を疑い、訊き返した。
「元老院銀員が六名、貴方様にお会いしたいと申しております」
<審判>が起こり、エルフ王が亡くなった後、エルフ族は元老院に率いられてこの悲しみの時代を乗り越えてきた。エルフ王がご存命だったときでさえ、元老院の意見に耳を傾けずに重要な決定を下すことはなかった。元老院といえばエルフの国中で最も賢い長老たちの集まりだ。その議員が僕と話しをしたいという。
「わかった、お通ししてくれ!」
議員たちを待っていると、元老院は強力な魔術を使って僕を拘束しようとしているのではないかという不安が頭をよぎった。だが過去にそのような例はない。万が一の場合に備えて僕は武装した。その数秒後、テントの垂幕が開き、元老院議員たちが中に入ってきた。
僕の目に猫背のメナサット様の姿が飛び込んできた。メナサット様は僕の師であり友でもある。この何ヶ月か、僕はメナサット様が恋しくてたまらなかった。感極まって僕は師匠を抱きしめてしまった。
「お会いできて嬉しいです」
メナサット様は笑みをこぼし、うなずいた。ふと、他の五人の長老ドルイドが不愉快そうな顔をしているのに気づいた。僕はこの五人が変わり者のメナサット様のことをどう思っているかよく知っていた。だけどメナサット様が元老院きっての賢者であることは、誰も否定できない事実だ。
「我らは遊びに来たのではない」一人の議員が口を開いた。
「ああ」メナサット様は答えた。「わかっておる。だからこそわしは、我らがこうしてじかに出向くことを主張したんだ。この件がこれ以上めちゃくちゃにならんようにな」
つづけてメナサット様は僕に向かって言った。「エルウィン、お前はずいぶん困った状況におちいっとるぞ」
「信じてください。やりたくてやったわけじゃないんです!」
「では、本題に入ることにしよう。どうしてお前はアラノルンの町を攻撃したんだ?」どうやらメナサット様が議長役を務めるようだ。よし。僕にとっては良い風向きだ。
「言ってみれば正当防衛です。少なくとも最初は正当防衛でした。その後はミリラスがしつこく邪魔したせいです」
「正当防衛だと!」議員の一人が怒りの声を上げた。
「お前はハルキー卿を非難しているそうじゃないか」メナサット様は厳しい口調で言った。その声には他の議員を黙らせる力があった。「ただごとじゃないぞ」
「・・・」
「自分の言い分を立証できるのか?」
「いえ、それはちょっと」僕は顔を伏せた。こんな質問に答える準備はしてなかった。
「ちょっと?」
僕はこういうときのメナサット様の喋り方をよく知っていた。僕に幻滅しているのだ。
「すべて後で証明してみせます」そう言って僕は自分の荷物の山に急いで手を伸ばし、<<真実の愛の鏡>>を取り出した。僕はその鏡をメナサット様に手渡した。
「シェイラにこれを見てもらうつもりです。もし彼女に魔法がかかっているなら、これで解くことができます。そして彼女は僕への愛を誓ってくれるはずです。計画殺人については、ハルキー卿の部下であるミリラスを探すのが先決です」
メナサット様は<<真実の愛の鏡>>を他の議員にも見せた。議員たちは鏡を子細に検分してから僕に返した。
「それでは一つの解決策を提案しよう」メナサット様は言った。
「どういうことだ?」
「ハルキー卿がシェイラにこの鏡を見せることに同意したら、お前は軍勢ともどもアラノルンに投降するのだ。どうだ?」
もし僕が勘違いしていて、シェイラが正気だったら、僕は罪を問われ、法によって裁かれるだろう。だけど、それが何だっていうんだ?その場合、シェイラは僕のことなんて愛してやいなかったんだから、この身がどうなろうと知ったことじゃない。
「わかりました」僕は答えた。「ただし条件があります。僕が降伏するのは、ハルキー卿がこの案に同意し、かつシェイラが元老院の保護下に置かれた場合だけです」
他の議員はうなずいて賛同の意を表し、順番にテントから出て行った。メナサット様だけが後に残った。
「鏡の出来栄えは素晴らしいものだ、エルウィン。あれほど頑張れるのに、なぜわしのもとで学んでいたとき、もっと一生懸命に勉強できなかったのだ?」
「あのときは子供だったんです。何がどうなろうと、どうでもよかった」
「そうか。だがこれからは用心するんだ。頑張りすぎて命を落とすようなことがあってはならんぞ。この件に関する限り、お前はがむしゃらになりすぎた。そのせいで、お前はアラノルンにいた味方を失い、中立だった者まで敵に回してしまった。エルフ宮廷はすでにハルキー卿に物資と兵士を供給するという決定を下している。元老院の意向に反してまでな。」
「すみません。でも僕は何としてでもシェイラを取り返さなきゃいけないんです!」
「ここ数週間というもの、凶悪なメデューサの群れがこの一帯を脅かしている。我々をこの脅威から救ってくれた勇敢な者には、相応の報酬を払うつもりだ。他でもない、重宝な<<ドワーフの盾>>を譲ろうと思っている」
「我々はようやくメデューサの脅威から解放された。貴殿のその勇敢な姿を目にしたからには、それなりの報酬を払わなければ。さあ、約束の盾だ。是非受け取ってくれ」
メナサット様と他の元老院議員が僕たちを待ち受けていた。この年老いたドルイドたちが驚くべき魔法の使い手であることを知らなかったら、僕は自分の目を疑っただろう。状況を把握した僕は、軍勢に停止を命じた。僕は馬から飛び降り、議員たちに近づいてうやうやしく頭を下げた。
「ハルキー卿の返事を持ってきた」メナサット様が朽ちを開いた。
僕は次の言葉を待った。これで長い旅も終わるかもしれない。
「断るとのことだ」
「なぜ?これで戦いが終わるっていうのに!」
「わしだってなぜか知りたい」メナサット様がそう言うと、他の議員たちも顔をしかめた。
議員の一人が言った。「ハルキー卿は君が作った鏡を信用していない。君の鏡には花嫁を惑わす魔法がかけられているかもしれない。そう彼は言っている」
「おわかりにならないんですか?あいつは<<真実の愛の鏡>>の答えを恐れているんですよ!」
「本物の<<真実の愛の鏡>>ではない可能性もある。ハルキー卿の疑念はもっともなものだ」別の議員が口を挟んだ。
「エルウィン、ハルキー卿の言い分は正当なものだ。我々としても彼に強制することはできん」メナサット様も言った。
僕は拳をにぎりしめ言った。「それなら僕があいつに言うことをきかせてやる!」
「馬鹿なまねはよせ!」
「馬鹿なまねですって?愛する女性のために戦うことが?ハルキー卿のおかげで僕に選択の余地は残されていないだ!あいつがうんと言えば、今この場所で争いを終えることもできたのに。これ以上の犠牲者を出さないようにすることだって。僕はこんなことから手を引きたかったんだ。これからどんなめちゃくちゃなことになろうと、僕のせいじゃないからな!」
「そこまでする意味のあることなのか?」そう尋ねるメナサット様の口調は淡々としていた。
躊躇せずに僕は答えた。「当然です!僕にはわかる。シェイラと僕は結ばれる運命なんだ!」
他の議員たちは眉をひそめた。無言の信号を送り合っているようだった。一瞬、魔法をかけられるのではないかという不安がよぎったが、彼らはくるりと背中を向けた。メナサット様でさえその場を立ち去ろうとしていた。
「待ってください!」僕は声を張り上げた。彼らの足が止まった。
「アラノルンが僕に脅威を感じる必要はありません。これは僕とハルキー卿の戦いです。決着がついたら、土地はすべてお返しします。兵士も一人残らずアラノルンに引き渡すと誓います」
「その後はどうするんだ、エルウィン?」
「犯した罪をつぐなわせることがアラノルンの望みなら、僕は喜んで罰を受け入れます。ただし、シェイラが本当に愛しているのは僕だということを皆にわかってもらってからです」
スピリットオークの町を制圧した後、僕はミリラスの兄を探すように命じ、彼が見つかるまで他の戦士と一緒になって戦闘で破壊された家の屋根を修理していた。
そうしていると、引き締まった体つきのエルフが僕の前に姿を現した。その厳しい表情はミリラスを思い出させたが、ミリラスよりいささか年上のようだ。
「事情を話しましょう」僕は前置きもなく話し始めた。
僕は彼にすべてのことを話した。僕にはどうしてもこの男の力が必要だった。
「ということで、僕はミリラスを探し出して無実を証明しなければならないんです。心配はご無用。あなたの弟さんを殺すつもりはこれっぽちもありません。ミリラスが死んでも僕の得にはなりませんからね。エルフ宮廷で証言してくれたら、すぐにでも解放してもらうつもりです」
「エルフ宮廷の正義のために身を捧げる、か」ミリラスの兄は言った。
なるほど、そういうことになるのか。確かに告白するのは自分で自分に有罪判決を下すようなものだ。まったく僕ときたら、どうやってミリラスをその気にさせるつもりでいたんだ?
考えをめぐらせていると、ミリラスの兄が言った。「あなたの話が真実なら、弟は取り返しのつかない罪を犯したことになる」
「その通りです」
「弟にはいつも公正で誇り高かった。自分から進んでそんあことをできるはずがない。だからこそあなたのことも殺せなかったのでしょう。ハルキー卿に忠誠を誓っていたとはいえ、心を鬼にしてあなたを殺すことなんてあいつには無理に決まっている。哀れな奴だ!それでハルキーマナーに戻ることができなかったのか!」
「どういうことです?ミリラスに会ったんですか?」
「ほんの数分ですが」彼は答えた。「わたしはあいつに少しばかりの金と食料を渡しました。そして、ハルキーマナーに会いに行ってもいいかと尋ねたら、ハルキー卿にはもう合わせる顔がないと言ってました。その後です。あいつが姿を消したのは」
僕は失意のどん底に叩き落とされたような気分だったが、それを必死に隠した。この男が口にする次の言葉に僕の人生のすべてがかかっていると知られたくなかったからだ。
「ミリラスの居場所を知っていますか?」
ミリラスの兄は長いこと口を閉ざしていた。答えるべきかどうか迷っている様子だった。
「ミリラスがすべてを失うことになっても」僕は言った。「少なくとも彼の苦悩は消えて楽になります。それに彼が証言してくれたら、僕は彼の力になるつもりです。彼が僕に情けをかけて命を助けてくれたように、僕も彼のためにエルフ宮廷に赦免を請います。エルフ宮廷は絶対にわかってくれるはずです。それが無理だったら元老院に嘆願しましょう」
「悔しいが、それがわたしの馬鹿な弟に残された唯一の道のようですな。それにしてもあいつが軍勢を率いることはもう無理でしょう。まったく残念です。立派な軍人になるのがあいつの子供の頃からの夢だったのに」
ミリラスの兄によると、ミリラス南西のはずれに身を隠しているらしい。誰もめったに足を踏み入れない地だ。生い茂る木々の向こうに<青の鍵番小屋>があるという。ミリラスを探し出すことが至難の業であることは百も承知だ。向こうから姿を現さない限り望みはないだろう。なにしろ森はミリラスにとって庭のようなものだ。
「小屋のまわりを探すことです。あいつのほうからあなたを見つけるでしょう」ミリラスの兄はつけ加えた。
今日、ホワイトタイガーの代表から、彼らがアラノルンのためには戦わないつもりであることを聞かされた。大半のホワイトタイガーはこの戦いから距離を置くつもりらしい。だけど、僕が窮地におちいったときは、すぐに駆けつけてくれるそうだ。
僕とハルキー卿の不和がエルフの国を二分することになってしまった。アラノルンは必死に国民と国土を統合しようとしていたのに、僕はその汗と涙を無駄にしてしまったんだ。でも、他のやり方があっただろうか?ハルキー卿にシェイラを奪われるのを黙って見過ごせっていうのか?それともあの峡谷で一生を過ごせば良かったのか?
僕に選択肢があったっていうのか?ありはしない!
そうは言っても、アラノルンが僕のせいで崩壊するなら、僕も生きてはいけないだろう。犠牲になるのは僕の祖国の人々だ。僕たちは<審判>でもう十分に苦しんだ。何千人もの命を舞えに、二人の愛が何だっていうんだ?
ミリラスは二匹のフェアリードラゴンに伴われて頭上を覆う木々の合間から舞い降りてきた。ミリラスの部下たちは茂みの中から這い出し、戦いに備えて陣形を整えている。
剣の柄に手をかけたまま、ミリラスがよろめいた。様子が変だ。皮肉なほほ笑みを満面に浮かべているし、足元はフラフラしていておぼつかない。
「とうとう来たか。あのとき峡谷で殺しておけば良かった」酔っ払ったように舌がもつれている。
「恩に着てるよ。でも僕を殺していたら、君は完全にハルキー卿の言いなりになるところだった。ただの操り人形さ!」
「一人の女をめぐってこんな大騒ぎを起こすなんて、僕には信じられん!」
「ミリラス、僕たちが戦う必要はないんだ。降伏したまえ。力を合わせれば事態を修復できるさ」僕は友好のしるしに握手を求めた。
しかしミリラスは完全な酩酊状態だった。そうか、彼は正義とハルキー卿への忠誠心の板ばさみになっていたのだ。どちらを選択しても彼の負けだ。僕は自分が彼の立場にいなかったことをありがたく思った。
ミリラスは剣を抜いた。まるでこの戦いで討ち死にして、すべてを終わらせたがっているように見えた。僕は兵士たちに攻撃に命じたが、ミリラスの命だけは奪わないよう指示した。こうして両軍は、この静かな森の中で剣を交えることになった。
僕はミリラスの手を後ろで縛り、逃げ出すことはないだろうとは思いながらんも常に見張りをつけた。戦士としての気概はもう失ってしまったようだ。唯一の不安は、彼が自殺してしまうことだった。
僕たちの勝利が決定してから、僕はミリラスの横に腰を下ろし、地面の上にペンとインクを置いた。
「何だこれは?」
「エルフ宮廷に手紙を書くんだ。ハルキー卿が僕を殺そうとしたこと、それに僕が君の監視下にある町を攻撃したのは、そうするようにし向けられたからだということをつづってくれ」
何が皮肉に感じられたのか、ミリラスは苦笑いをした。
「ハルキー卿もわたしに手紙を書くように命じたよ。誰も彼もがわたしに手紙を書いてもらいたいらしい」
「ハルキー卿の手紙?」
「お前がわたしの町への攻撃を開始した頃だ。ハルキー卿はわたしにアラノルンへ助けを求める手紙を書かせた。正確に言うと、この一件は何もかもハルキー卿がわたしを使って企てたことなんだ」ミリラスは告白した。
これで読めた!ハルキー卿は自ら僕の罪を咎めるわけにはいかなかった。あいつには実行犯となるミリラスが必要だった。怒ったふりをして裁判を求めるために。だからこそエルフ宮廷も彼を強く支持したんだ。
「君は自分が間違ったことをしていると知っていたのか?」
「ああ」
僕は彼の膝の上に羊皮紙を置いた。「それじゃ、この手紙を書いて償うんだ!僕は君が言っていたような悪人じゃないってエルフ宮廷に伝えるんだ。ハルキー卿が僕が殺すように命じたことも、君がそれに失敗したら今度は偽の手紙を書かせたことも、洗いざらい書くんだ」
「わたしは正しいことをしようと何度も試みた。しかし兵士として命令に背くことだけはできなかった!」ミリラスはそう叫んで両手で顔を覆った。「どうしてこんなことになってしまったんだ?」
「ミリラス、君には味方がいる」僕は彼の肩に手を置いていった。
「エルフ宮廷が君に判決を下すとき、僕は君を弁護して情状酌量を求める。ミリラス、君は僕の命を救ってくれた。それぐらいの礼はあっせてもらうよ!」
「これだけお前を苦しめたのに、わたしを助けるというのか?」
「はい」
ミリラスはゆっくりとペンを取り、インクをつけた。
使者が白と緑で織りなされたアラノルンの旗をひるがえし、グリフォンに乗って僕の軍勢の頭上を駆け抜けた。僕は使者に僕の馬のそばに着地するよう合図した。
「この軍勢の指揮官は貴殿ですか?あなたはエルウィン様では?」使者が僕に尋ねた。
「どちらも正解だよ」
「エルフ宮廷からの伝言を届けに参りました。先日、我々はミリラスと申す兵士から手紙を受け取りました。そこでエルフ宮廷は、この新たな証拠に基づいてハルキー卿を喚問しましたが、ハルキー卿はそれを拒否し、自軍を率いて森に姿を隠しました。すなわち、彼は有罪であったと推測されます」
この朗報を聞いて僕の胸は高鳴った。信じてくれたんだ!ミリラスをスプリットオークにいる兄のもとに返してしまったのは残念だった。彼にこの場で礼を言いたかったのに。
「ご苦労様」
「実は絵古宮廷は、この度おかけしたご迷惑について、貴殿に謝罪を申し入れております。ハルキー卿のもとに送った兵士や物資はすべて撤収させました。代わって貴殿に支援を提供したいと考えております。ただし、貴殿が今でもハルキーマナーい乗り込み、シェイラ嬢を救出したいとお考えの場合に限りますが」
「言うまでもないじゃないか!」
「それでは、この無意味な争いが少しでも早く解決し、ハルキー卿が法の裁きを受けることを祈っております」
最後の言葉は提案のようにも聞こえた。エルフ宮廷は僕がハルキー卿を生かしておくことを望んでいるのだ(おそらくメナサット様や元老院の意向だろう)。だが、ハルキー卿と対面するときが来たら、僕は冷静さを保つ自信がない。とにかく、とりあえずはこの使者に何か返事をしなければ。
「エルフ宮廷の公明正大さに感謝すると伝えてくれ。それと、シェイラ、ミリラス、ハルキー卿といった当事者全員をできるだけすみやかに宮廷に連れ帰るとも」
「かしこまりました」使者はそう言ってグリフォンの脇腹を軽く蹴り、空高く舞い上がった。最後に彼は大声で叫んだ。「幸運をお祈りします!シェイラ嬢の愛を取り戻せることを、アラノルンの国民一同願っております!」
ハルキー卿は一週間ほど前、重要な作戦のためにハルキーマナーをこっそりと抜け出していた。そのため、僕が町を制圧したとき、彼の姿はなかった。
僕の目の前の光景に驚いた。シェイラが寝室に隠れて短剣を握りしめていたのだ。敵もまさか僕がハルキーマナーを制圧するとは予想していなかったらしい。ハルキー卿はこの町の安全を信じて彼女を残していったのだ。
「そばに寄らないで、この人殺し!」シェイラは大声を張り上げた。彼女の綺麗な青い目には憎しみと恐怖が浮かんでいる。短剣の先は僕に向けられていた。
彼女のその言葉は剣よりも何よりも僕の心に深く突き刺さった。だが、これはすべて魔法によるものなんだ。彼女の本心ではないんだ。
「君を助けに来たんだよ、シェイラ」そう言って僕はゆっくりと彼女に近づいた。
「知っているわ。あなたが来るかもしれないって、あの人が注意してくれたもの。わたしを殺すつもりなんですってね!」
シェイラは自分の喉に短剣を突きつけて言った。「あなたの思い通りなんてならないわ!」
幸いなことに、僕は彼女に数歩というところまで近づいていたので、喉を突くより早く彼女に飛びつき、短剣を握った手を押さえることができた。そして、そのまま彼女の腕をひねる。痛みのあまり、シェイラは悲鳴を上げた。彼女を傷つけないと誓ったことを思い出し、僕は心が締めつけられた。
僕は叫びながら抵抗するシェイラを床に引きずり倒し、ベルトに挿しておいた<<真実の愛の鏡>>に手を伸ばした。
「見よ!鏡を覗きて汝が真に愛する者が誰であるかを知れ!」僕は叫んだ。何週間もかけてつむいできた呪文の最後の一節だ。
呪文を完成させ、僕は彼女の顔の前に鏡をかざした。魔法が効果をあらわし、シェイラの顔が彼女の意に反して鏡に向けられる。彼女は瞼を開き、全身の力を抜き、うつろな表情で鏡を覗き込んだ。やがて彼女はしくしくと泣き始めた。
我慢しきれなくあんり、僕は鏡を見た。
<<真実の愛の鏡>>に焼き付けられていたのは、まぎれもなく僕の顔だった。
−−二人で−−
詳細 | |
勝利条件: | ハルキー卿を倒す |
敗北条件: | 勇者エルウィンを失う |
マップの難易度: | 「名人」ゲーム |
持ち越し: |
僕は舳先に立ち、目の前に広がる<氷雨湖>の無表情な水面をじっと見つめていた。その名前のごとく、凍てつくような湿った風が吹くこの湖では、僕がまとっている薄いマントなんてほとんど役に立たない。それでも僕は寒さをあまり感じなかった。シェイラと出会ってからすっかり変わった自分のことを振り返っていたからだ。僕は信じられないほど多くの戦いをくぐり抜けてきた。耐えがたい苦悶も体験した。かつての僕は廷臣の一人でしかなかった。それが罪人呼ばわりされ、今では一国の指導者だ。
でも、物語の幕はまだ閉じちゃいない。
僕の頭には金細工とエメラルドで飾られた樫の王冠が載っている。この王冠は一週間前、元老院から僕に授けられたものだ。いきなり国王に任命された僕は、驚きのあまり気を失いそうになった。この僕がエルフ王だなんて!
メナサット様が僕に説明してくれた。「正直言うと、我々はこの王冠をハルキー卿に授けようと思っていた。しかしシェイラとの突然の結婚で雲行きが怪しくなったのだ。エルウィン、そんな中でお前が見せてくれたものは、愛、自然、そして誠実さだった。そして公正になすべきことを公正になすという知恵も見せてくれた。アラノルンが統治者として必要としているのは、まさにお前のような人物なのだ」
僕は自分が国王にふさわしい人物だとはこれっぽっちも思わなかったけど、メナサット様と祖国に対する敬意から、この申し出を受けることにした。その後、僕は長老ドルイドたちから正式に王冠と伝説的な<<エルフ王の弓>>を授かった。戴冠式はとても簡素なもので、祝賀会はさらに短かった。それというのも、アラノルンはすでに三ヶ月もの間、ハルキー卿と内戦状態にあったからだ。エルフ王として、僕には事態を好転させる手段を講じる義務があった。
僕がハルキーマナーを攻め落とし、シェイラをアラノルンへ連れ戻した後、エルフ宮廷はハルキー卿に有罪の判決を下した。そのとき誰もが見過っていたのは、森林警備隊のハルキー卿に対する忠誠心だった。自分たちを統率していた人物への裁定に納得がいかず、大半の隊員が任務を放棄した。突如としてハルキー卿は、アラノルン正規軍を上回る規模の軍勢を手に入れたわけだ。
たった三ヶ月のうちに、ハルキー卿はアラノルンの町の大半を制服した。こちらが送った軍勢は、連戦連敗と言っていい状況だった。今やエルフ宮廷は絶望的な雰囲気に包まれている。後がない状況だということは、誰もが理解している。そんな中、僕はエルフ王として即位した。僕の使命は、アラノルンの総力を結集してハルキー卿に立ち向かい、この内戦に終止符を打つことだ。
そう、僕は生まれ変わったのだ。昔の僕だったら、こんな重責からは必死に逃れようとしただろう。森の中へ逃げ込み、一生出てこなかったかもしれない。でも、もう逃げることは許されない。僕はアラノルンに残された最後の希望なんだから。<審判>以来、エルフ族が直面した最大の危機に立ち向かうんだ。
とりあえず最初の仕事は、シェイラを安全な場所に移すことだった。
シェイラの手を取って甲板から細長い桟橋へ降り立ったのがつい昨日のことだとは思えない。<氷雨湖>の中央に浮かぶこの名もない島には、おそらく百人程度の住民しかいないだろう。その大半がわびしい生活を送っている漁師たちだ。アラノルンにはハルキー卿の軍が迫りつつあったので、エルフ宮廷は万一の事態に備えて元老院議員をこの島に避難させることにした。それを聞いて僕はシェイラも一緒に連れてきたのだ。
メナサット様と他の元老院議員が甲板へ上がってくる間、僕はその場にたたずみ、あたりを見渡した。メナサット様たちの表情は暗く沈んでいた。まるで敗北を宣言されているみたいだ。シェイラを岸に降ろした僕は、船へ戻ってメナサット様に手を貸した。僕たちは同時に僕の愛する女性に視線を向けた。
「彼女のことを頼んでもいいですか?」
「当然だ!わしのそばを離れんように言うつもりだ。あの子が嫌がったら、自分じゃお茶も入れられないような老いぼれを演じきるまでさ。そんな哀れな老人をほうっておけるような娘じゃないからな!」
僕はほほ笑みをこぼし、ずっと知らずにいた祖父にはじめて会うような気持ちでメナサット様を抱きしめた。
「ありがとうございます」僕は言った。「そろそろシェイラにお別れを言わなきゃ」
シェイラと僕はごろごろと岩の散らばる岸辺を歩いた。そして、あまりにも足場が悪くてまともに歩けないところまで来ると、立ち止まって岩の上に腰を下ろし、岸に静かに打ち寄せる波を見つめた。湖から吹き付けてくる風は荒々しかったが、僕たちには全然気にならなかった。
「シェイラ、僕は絶対に君のもとへ帰ってくる」この島へ着くまでの間、シェイラは極端に口数が少なくなっていたが、今はもう泣き出しそうな顔をしている。
「どうしてそんなことが断言できるの?」
「どういう意味ですかな?」
「ハルキー卿は大きな戦いでもう五回も勝ってるのよ。わたしたちが頼りにしていた将軍たちは、一人残らず手玉にとられちゃったじゃない。わたしのパパだって負けたのよ!そして今度はあなたの番。これまでだって長いこと引き裂かれて、十分に辛い思いをしたのに。わたしたち、もう二度と会えなくなっちゃうわ!」
そう言うとシェイラは僕の肩に頬を押し付けて泣きじゃくった。僕は彼女をしっかりと抱きしめた。僕の頬にもいつしか涙にぬれていた。
シェイラも出会った頃に比べるとすっかり変わった。ハルキー卿にかけられた魔法のせいで、彼女の純潔は奪われてしまった。僕は君に非はまったくないのだと繰り返し説いたが、僕たちが離れ離れになっていたあの数ヶ月の間にハルキー卿と結婚し、ベッドを共にしていたおいう罪お意識を、彼女はどうしても拭いきれないようだった。僕は彼女に幸せになってもらいたいだけなのに、彼女はそれをかたくなに拒絶する。彼女が自分自身を許すことができる非が来るとしたら、それはきっとこの争いに決着がつき、ハルキー卿の脅威が消えたときだろう。
そうなることを僕は切に願う。
僕はマントの下から<<真実の愛の鏡>>を取り出した。鏡には僕の姿が焼き付けられたままになっている。僕は鏡を彼女に渡し、一緒に見つめた。
「僕たちの愛は永遠だ」僕は言った。「この鏡に映った姿のようにね。何が起ころうと、僕は君を愛しつづける」
「ハルキー卿があなたを殺したら?わたしは一緒に暮らしていたからわかるの。あの人があなたのことをどれほど憎んでいるか。わたしにはわかるのよエルウィン!」
彼女の言葉を聞いていて、僕は元老院に伝えることになっている信号のことを思い出した。最後のアラノルン軍がハルキー卿に敗れたとき、この島に隠れている元老院議員にそのことを知らせる信号のことを。
「シェイラ、よく聞いて!湖をよく見て、船を探すんだ。僕が勝ったときや、たとえ負けてもハルキー卿から無事に逃げることができたときは、青い帆を張って帰ってくる。反対に、アラノルンが負けて僕も命を落としたときは、赤い帆を揚げた船に使者を乗せて送ることになっている。でも、絶対に青だって約束するよ!」
シェイラはしばらく黙っていたが、やがて細い声で言った。「ハルキー卿が勝ったら、わたしを捕まえに来るわ。あの人とまた一緒になるぐらいならいっそ!」
彼女が最後まで言わなかった言葉が何かわかっていたが、そんなことを今は考えたくなかった。シェイラに迫りくる危険なんて、何であれ考えたくない。僕はシェイラを引き寄せ、長い口づけをした。
「エルウィン、愛してるわ」
今朝、僕はエルフ王になってはじめてグラミンに会った。彼は遊撃隊を率い、神出鬼没の活動で敵軍を苦しめていた。一ヶ月ほど前、ハルキー卿に敗れたが、その後もグラミンは戦いつづけていた。
グラミンは慣習にしたがってさっと片膝をつき、長弓を床に置いた。そして剣を抜いたかと思うと、その柄を僕に差し出した。
「陛下、わしはあなたのことを誤解していた。あなたはわしが思っていたような男ではなかった」
「グラミン、多少の誤解もあったかもしれない。でも娘を愛する気持ちを責めることができないよ」
「ハルキー卿のことだってわしは間違っていた。とんでもない間違いだ!」
最後の言葉にはものすごい憤りが込められている、僕はぎょっとした。グラミンは自分の感情を表に出すような男じゃない。ところが、こうしてかつての上役に対する怒りをあらわにしている。ハルキー卿の名前を朽ちにするときの僕もこうなんだろうか?ハルキー卿に対して長いことはらわたが煮えくり返るような想いを抱いていたせいで、怒っていないときの自分を思い出すのは難しかった。
「グラミン、僕には経験豊富なあなたが必要だ」そう言って僕は差し出された剣の柄に手を伸ばした。「君がいなければアラノルンもシェイラも守れない」
「全力をもってお仕えすると誓おう!」躊躇することなく彼は言った。
「それじゃあ、剣を返すよ。いずれ必要になるだろうからね」
”エルフ王”と呼ばれるのに慣れるまで多少の時間がかかったが、称号を除けば僕の生活はほとんど変わらなかった。人間の国と違って、エルフ族の国王は高い位置に据えられた玉座から神々のように国民を見下ろしたりしない。それどころか、僕はエルフ王とshちえ国民を守る役目を担っている。言ってみれば公僕だ。エルフの国にも人々を導く統率者は必要だが、僕たちエルフは国民一人一人が自分の意見を言う機会を持つべきだとも考えている。この理念こそがエルフ宮廷の礎だ。
それに、王冠はいつだって羽が生えて僕の頭から飛んでいこうとしている。別に冗談を言っているわけじゃない。ハヤテがそばにいる限り、これは大真面目な話だ。今朝も僕が部隊長たちに指示を与えていたら、ハヤテの奴め、王冠を持っていこうとしやがった。島だから仕方ないけど、どうも僕の威厳を徹底的におとしめるのに最高のタイミングを見計らっていたふしがある。
この日、僕たちは、焦土と化した無人になった村で野営した。住民たちはかなり前に死に絶えてしまったか、さもなければ他の地に逃げ出してしまったようだ。こういう村をもう何度も目にしている。戦いに勝ったとしても、アラノルンを元どおりにできるのか不安だった。もっとも、勝てる可能性そのものが薄いんだけど。
ここ数週間、僕はハルキー卿と戦った兵士たちの証言をまとめた報告書を徹底的に調べ、なんとかあいつの欠点を見つけようとした。だけど、何も見つからなかった。いつもあいつは相手の弱点を巧みについた。負けは確実という状況から奇跡の逆転勝利をおさめたことさえ二回もあった。もともとハルキー卿は名将の誉れが高かったけど、その力がアラノルンに向けて発揮されたのでは手におえない。本来ならあいつは、アラノルンの守護神にもなりえる男なんだ。
いや、偉大な国王にだってなれたかもしれない。
グラミンに対して僕は今も変わらずに敬意を抱いているが、彼はすでに一度、ハルキー卿に対して敗北を喫している。ハルキー卿はグラミンのかたくなな軍人気質を逆手に取って、彼の動きをことごとく読み、最終的には大きな痛手を負わせた。僕はと言えば、戦術家でもないし、軍勢の統制の取り方などまるで素人芸だ。これはまぎれもなく僕の欠点だ。この欠点をハルキー卿につかれることになるんだろうか?それとも僕の見落としていることが何かあるだろうか?そんなことを考えると、僕は夜も眠れなかった。
くそ、ハルキー卿はどうやって僕を負かすつもりでいるんだ?
シェイラと別れてから早くも二ヶ月がたとうとしている。その間、連絡も取っていない。出発するとき、僕は彼女に手紙を書かないように言っておいた。ハルキー卿に弱みがあるとすれば、シェイラや元老院議員がどこに隠れているか知らないことはその一つだ。手紙のせいで居場所がばれてしまう危険だけは避けたかった。
夜、僕は一人でテントに中に座り、シェイラの姿を映す<<真実の愛の鏡>>が手元にあればいいのにと、しきりに願った。何でもいい。シェイラを思い出せるものが欲しい!
これでおしまいだ!
僕は峡谷に一人で立っていた。多くの兵士が踏みつけてできた道だ。僕は腰をかがめ、生きようと必死に戦っている野花をまっすぐに立ててやった。それから立ち上がり、腰に下げている剣の位置をなおした。この重さには、どうも慣れることができない。剣なんて捨ててしまえば、どんなにせいせいするだろう!
そうこうしていると、エルフの戦士が二人がかりでハルキー卿を引きずってきた。後ろには数十頭のホワイトタイガーがつづいている。この混乱を極めた戦いの中で最も頼りになった僕の仲間たちだ。ハルキー卿が逃げ出すことは不可能だ。僕は彼にこの峡谷ですべてが終わるということをわからせたかった。
ハルキー卿は近衛兵に小突かれ、膝をついた。僕たちは永遠とも思われるほど長い間、お互いを見つめ合った。彼は怒りと憎しみでその黒い目を細めている。変わったのは僕とシェイラだけではなかった。今のハルキー卿に、僕がおぼえている男の面影、そう、<審判>のとき僕を含む多くのエルフを安全な世界へと導いた男の面影はどこにもなかった。
僕はゆっくりと剣を抜いた。
「丸腰の男を相手に剣を抜くのか?そういうことか?」ハルキー卿は荒々しく言った。
剣を握る拳に力が入る。ああ、どれだけこの男の心臓を貫いてやりたかったことか!僕はシェイラとハルキー卿が一つのベッドで寄り添っている姿を思い浮かべた。そして、この男と結婚したことでシェイラは僕との愛を裏切ったのだと何回も泣き崩れたことを思い出した。彼女が魔法にかかっていたことなんて関係ない。シェイラはこの男に奪われてしまったんだ。この上、この男が起こした戦争で、多くの人が命を落とした。そのことを考えると、こいつを殺したところで、誰も僕も責めないだろう。それどころか、グラミンのようにこいつを恨んでいる人たちは、かえって僕に感謝するかもしれない。
ほう、なぜやらないんだ?
僕は剣を下ろした。その瞬間、ハルキー卿の見透かしたようなうすら笑いが目に入った。僕はハルキー卿の前に飛び出し、首に手をかけて顔をぐいと引き寄せた。
「もうおしまいなんだ!」僕は一語一語に力を込めながら言った。
「わたしをどうしようと、お前はこれからずっとわたしこそがシェイラの最初の男だという思いにさいなまれつづけるんだ。そうさ、シェイラはわたしのものだ!」
僕はハルキー卿の顔が赤くなるまで首を締めた。僕にはこの男の命を奪うことだってできる。むしろそうしたかった。
「シェイラはお前のものなんかじゃない!結婚だって偽物だったじゃないか。お前の胸にあるシェイラとの甘い思い出も全部嘘だ。ハルキー卿、一秒たりともお前はシェイラの心を手に入れちゃいないんだ。お前なんて惨めで哀れな詐欺師以外の何者でもない。二度とシェイラに会わせるもんか!」
そう言ってようやく僕は手を放した。ハルキー卿は横に倒れ、息をしようと咳き込んだ。僕は自分のしようとしていることが信じられなかった。僕はこの男を生かそうとしていたのだ!
しかし、ハルキー卿を見下ろしたとき、自分がどうしてそんなことをしようとしているのかわかった。もう殺しはうんざりだ。
最後に僕は言い放った。「これで終わったんだ、ハルキー卿!ジ・エンドだ!」
僕は近衛兵にハルキー卿を投獄するように命じた。突然、僕はシェイラに会いたくてしかたなくなった。
船が止まりきらないうちに僕は産婆費に飛び移り、岸に向かって走り出した。岸ではメナサット様をはじめとする元老院議員たちが待っていた。心臓が一瞬止まった。シェイラの姿が見えない。
「おお、エルウィン!無事に帰ってきたか!」メナサット様が感極まった声を上げた。
「シェイラは?」
「ああ、彼女から赤い帆を見ると鳴きながら家から駆け出していった。お前が死んだと言ってな。わしは彼女に追いつけんかった。仕方なく、我々議員が悲しい知らせを聞きにここまで来たんだ」
「それっていつのことです?」息せき切りながら僕は訊いた。
「一時間ぐらい前かな。どうした?何かまずいのか、エルウィン?」答えている暇はなかった。
僕は師匠を押しのけ、近くにいた馬に飛び乗って断崖へと急いだ。だが、心の中ではもう手遅れだと感じていた。心配していたとおりだ。シェイラは赤い帆を見て僕が死んだと思ったんだ。僕の死に耐え切れず、そして再びハルキー卿のものになることを恐れて、崖から身を投げたに違いない。
一時間もあれば、とっくの昔にシェイラは断崖に着いているはずだ。涙がどっと溢れ、頬をつたった。シェイラが死んでしまうなんて!
断崖まであと一歩というところで僕は硬直した。シェイラの姿が見えない。
彼女は天国に行ったんだ。僕には確信があった。ハルキー卿は牢獄にいてさえ復讐の手を伸ばしていた。僕はそれに気づくべきだった。あのとき用心して甲板に残っていれば、船員が帆を張り変えるのを防げたんだ。彼女はもういない。すべて僕のせいだ!
僕は決心した。馬から降り、断崖にゆっくり歩いていく。凍てつくような風が岩肌をかすめ、涙で濡れた僕の頬を刺した。だけど、そんなことはどうでもよかった。寒いのは後いっときだ。そう、僕はもうすぐシェイラのいるところへ行くのだから。これで永遠に一緒だ。ようやく僕たちは幸せになれる。
そのときだった。優しい歌声が聞こえてきた。風が詞のないその唄を運んでくれた。風向きが急に変わらなければ、僕の耳には届かなかっただろう。悲しげなメロディーは岩場の陰から聞こえてくる。わずかな望みを託し、僕は声がする方へ急いだ。
彼女は<<真実の愛の鏡>>を抱きしめていた。鏡に焼き付いた僕の顔の上に涙が落ちる。彼女の悲しげな歌声は空に上り、湖へ、そして世界へと広がっていった。
「シェイラ!」
断崖に立っていた彼女が振り返った。僕に気づき、目が大きく見開かれる。
「でも帆が...」
「帆なんかどうでもいい。僕は勝ったんだ!」
シェイラが僕の腕の中に飛び込んできた。ありったけのちからで僕を抱きしめる。僕たちは涙を流しながら笑った。二度と彼女を放したくなかった。
いや、放さない。もう絶対に放すもんか!
すべてがやっと終わった。そして僕たちは今こうして一緒にいる。
エルウィンは間違った色の帆をあげてしまった。赤く染められた帆が水平線に見えたとき、シェイラの目から涙が溢れた。シェイラは<氷雨湖>を望む断崖に向けて馬を走らせた。人々がシェイラを見たのはそれが最後だった。
エルウィンはといえば、大切なものを失った痛手から立ち直るこができなかった。彼はエルフ王の座を捨て、エルフ族は誰一人として足を踏み入れたことのない深い森の中へと姿を消した。ある者は言う。彼は虎や狼に囲まれて今も生きている。だが、ほほ笑むことは二度とないのだ、と。
−−ラストナレーション−−
ハルキー卿を生かしておくというエルウィンの決断には、多くの人が疑問を持っている。生かしておいて彼が逃げ出したらどうなるのか?再びアラノルンに内戦が起こるかもしれない。ハルキー卿は残酷なことをいろいろしてきたけど、あの人を密かに支持しているエルフはまだあちこちにいるもの。国民の不安が的中しないことを願うことばかりだわ。エルウィンがハルキー卿に情けをかけたことを後悔する日が来なければいいんだけど。