平和の代償
1.岐路 | 2.奇妙な友情 | 3.王のしもべ |
4.虹の水晶 | 5.常ならぬ裏切り | 6.恐怖の奴隷 |
7.不死なる者との戦い | 8.平和の代償 | 9.ラストナレーション |
−−岐路−−
詳細 | |
勝利条件: | 町を所有する唯一のプレイヤーになる |
敗北条件: | エミリア・ナイトヘヴンを失う |
マップの難易度: | 「中級」ゲーム |
持ち越し: | エミリア・ナイトヘヴンとその呪文、経験、技能は、すべて次のマップに引き継がれる。自軍の勇者の最大レベルは 15。 |
<審判>の後、この新世界に移り住んだわたしの生活は辛いものだった。わたしはまだほんの子どもだったのに、自分を養ってくれる家族を失ってしまったのだ。親切な魔法使いのおばあさんがいなければ、死んでいたかもしれない。シフィーナはまるで本当のお母さんのようにわたしを可愛がってくれた。だけど、シフィーナも老いには勝てず、わたしはまた一人ぼっちになってしまった。
バーバリアンが町に迫ったとき、わたしがあっさりとシフィーナの家を捨てたのも、一人ぼっちだったせいだと思う。凶悪なキルゴールの軍勢による大破壊は、つい昨日のことのように憶えていたから。だからみんな、大切な物だけを携えて町を出て行ったんだろう。
岐路にさしかかったとき、わたしはハッと気がついた。行くべき道を決めかねて、誰もが絶望的な顔をしている。こんなことがあっていいの?なぜ、わたしたちはこんなにもあっさりと故郷を捨てようとしているの?エラシアが破壊されてからというもの、故郷と言えるものがなくなってしまったから?それとも、臆病なだけ?
わたしはつい大声を出してしまった。「どうしてみんな、あんな奴らのやりたい放題にさせておくの?」
しまったと思う間もなく、みんながわたしに注目した。何か言わないと。そうでないと、本当にバカみたい。
「わたしもみんなと同じように<審判>でなにかも失ったわ。これは...」と、わたしはぐるりと周囲を指し示した。「こんなのはわたしたちの故郷じゃない。戦う理由なんてないわ。」
聞いていた人たちは、いったい何を言い出すのかと顔を見合わせた。
「それでも戦わなければ。そうしなければ何も残らないから。そうしなければ、安らげる場所なんてこの先ずっと見つからないから。他の人たちのようにあきらめるのもいいけど、この混沌とした状態にこちらから戦いを挑むことだってできるわ!みんなの気持ちはわからないけど、わたしはいくらかでも意味のあることがしたい。いえ、少しでも秩序を取り戻したいの!」
ドワーフの一人が荷物を地面に投げ出した。そしてその上にかがみこみ、刃がぼろぼろになった年代物の斧を引っ張り出す。それにならって、他の難民も自分の荷物からそれぞれ武器を引っ張り出した。目つきが険しくなっているのがわかる。どうやら戦う覚悟ができたようだ。
「それで、手始めに何をすればいいのかな?嬢ちゃん」リーダー格のドワーフが言った。
難民になってもハーフリングたちには戦う意志があまりない様子だった。しかし、君の熱い演説が終わると、前に進み出て握手を求めてきた。一人がベルトをはずした。いや、それはベルトではなく、スリングと呼ばれる投石紐だった。
「もう逃げ回るのにはあきあきさ。落ち着ける場所がほしいんだ。バーバリアンに荒らされていない場所がね」ハーフリングのリーダーが言った。
「そうだ!」別のハーフリングが声を上げた。「それも、これからずっと安心して住めるところがいい!」
一瞬にしてハーフリング全員が君に強力することを約束してくれた。
わたしの手には負えない!
わたしは軍勢を率いる基礎さえ知っていない。こんな小さな軍勢なのに。数種類の魔法を知っているだけで、所詮わたしはガラス職人の娘でしかない。でも、目の前にいるドワーフやハーフリングたちを見ると、みんながわたしに期待しているのがわかる。本当は指導者になんてなりたくないって言ったら、みんな武器を片付けて逃げ出すに違いない。かといって、この人たちが戦っている間、わたしだけが安全な場所に隠れて結果を待つなんてできっこない。
でも、この人たちには、わたしが将軍の器じゃないってことがわからないんだろうか?
きっとそうだ。みんなが求め、必要としているのは、指導者なんだ。信じる相手は誰でもいいんだ。たとえそれがガラス職人の娘であっても。
わたしは今、どうすればいいんだろう?
この町を守るためにどう戦ったか、ほとんどおぼえていない。たぶん、ショック状態だったんだろう。戦いが終わると、もとの自分に戻ったような気がしたけど、それと一緒にひどい恐怖感が襲ってきて、近くの茂みで胃の中味を全部吐き出してしまった。
戦いとはなんて恐ろしいものなんだろう!怒りに満ちた叫び、ぶつかりあう武器の音。そして誰もが自分以外の者を手当たり次第に殺そうとする。辺りの空気はあまりにも張り詰めていて、吐き気をもよおすほど。こんなことはもう二度としたくない!だけど、この地を荒らしまわる悪党どもは、もうわたしを放っておいてくれないだろう。そんな甘い考えを抱くほど、わたしは無邪気じゃない。わたしや皆が心安らかになれるのは、ずっと先のことだ。
他の町から難民が保護を求めてロンゴートンに集まってきた。助けを求める人には誰であろうと門を閉ざさない。ただ、隊長たちには、全員から情報を集めておくように指示しておいた。知りたいのはこのあたりで好き勝手をやっている三人の暴君の動向。敵に勝つにはまず相手を知れ。それくらいのことは、わたしにもわかっている。
バーバリアンのグルトの縄張りから逃げてきた一家もいた。この一家の話によると、グルトは野蛮で、あまり賢くないみたいだ。その証拠に、村々を襲うと穀物倉まで焼き払ってしまうくせに、略奪するものがなにも残っていないと言って怒り狂ったりするらしい。怒りのはけ口を農民に求めることもあるようだ。酔っ払うと(毎晩のことらしい)、自分はキルゴールの後継者で、バーバリアンの新しい王だって言うのが口癖なんだそうだ。だけど、愚鈍で酒癖が悪いにもかかわらず、グルトにはたくさんの兵士を集める力がある。「数の暴力」という表現があるけど、グルトの軍勢にぴったりだ。
さて、バーバリアンの王であろうとなかろうと、まずはグルトを討たないと。先手を打たないと、グルトが略奪目当てでここに向かってくることは確実だわ。
今日、ずんぐりした老ドワーフがわたしのところに来た。最初は他の人たちと同じ難民だろうと思った。でも、それにしては逞しい腕をしているし、手もごつい。武器は持っていなかったけど、このドワーフが戦い慣れていることはすぐにわかった。
「名前は?」
「タルジ・オークスプリッター」ドワーフは答え、「あんたは?」と聞き返してきた。
「エミリア、名字はないの」
「だと思った。あんたがこの気の毒な連中のまとめ役だと聞いておるが?」
「そうよ」
「なら、領主づらをした悪党、ローヌのことを知りたいじゃろう?わしはこの一週間ほど、ローヌとあいつの軍勢を見張っとったんじゃ」
ローヌ卿はこのあたりを荒らしている”泥棒貴族”の一人だ。本当の貴族だなんて誰も思っていないけど、それでもわたしたちにとっては十分な脅威だ。
「どんな様子だったの?」実を言うと、これこそがわたしにとって一番重要な情報だったのだけれど、物欲しげな素振りをみせないようにしないと。
「あいつは自分の領地をしっかりと守っている。だが、あいつにとって最大の武器は富じゃ。あいつのポケットは黄金でぱんぱんじゃぞ」
「それだけの理由か?」
「そしてこれこそが最大の問題じゃ。黄金があるからいろんなことができるし、そのうえ出し惜しみする気もないときてる。大それたことを企んどるのを公言してはばからん。奴はこの国を独り占めするつもりじゃよ」
戦いにはいまだに慣れることができない。でも、暴力に対して鈍感になるのは絶対に嫌だ。しかたなく戦うときは、これは戦いで命を落とす人がいなくなる世を作るためなんだって自分に言い聞かせている。
でも、戦いが性に合わないことはさておき、真の統率力をもつ相手とぶつかる前に軍勢をととのえておかないと。エラシアにいた頃、我が家の雇い主だった錬金術師のために、わたしはよくポーションの瓶の仕分けをした。目的、量、色を基準にしてポーションを整理するのだ。昨夜、夕食をとりながら思ったのだけれど、あのやり方を軍勢の強化に利用できないだろうか?
徴兵は毎週している。だけど、新兵は経験が不足しているから、どうしても連携が弱い。ところが古参兵たちは、食事、就寝、訓練と、どんなときも古参兵だけでかたまっていて、誰も新兵にあれこれ教えようとしない。そこでわたしは考えた。大きな軍勢の中に小さい部隊を作ったらどうだろう?経験の浅い兵士六、七人の面倒を、一人か二人の古参兵にみさせるのだ。そうすれば、新兵も古参兵から学べるに違いない。
朝、新編成の部隊を古参兵が鍛えている様子をわたしが視察していると、無骨そうなドワーフが近寄ってきた。ドワーフの名を思い出すのに少し時間がかかってしまった。
「タルジ・オークスプリッターよね?」
「そうじゃ」ドワーフは答え、兵士たちを見てうなずいた。
「古参兵に新兵を任せるとは、なかなかいい考えじゃ。じゃが、これを思いつくのにちと時間がかかりすぎたな」
タルジの言葉にわたしは思わずムッとした。
「わたしは精一杯やっているわ。本当は軍勢を率いるのなんて嫌なのに」
「そりゃそうじゃろ。じゃがな、あんたの気持ちがどうあれ、あんたは指導者なんじゃよ、嬢ちゃん。これまでは運にも助けられたが、あんたの経験のなさがこいつらを大勢殺すことになるじゃ!」
なんて答えればいいんだろう?内心びくびくしているのを見透かされているような気がした。それどころか、わたしが毎晩びっしょりと汗をかいて飛び起きているのを知っているみたいだ。
「嬢ちゃん、せっかく思いついたんだから、自分にも活かすんじゃな」
指導者を辞めろって言われるのかと思ったし、そう言われればさっさと辞めたかもしれない。こんな大変な仕事は放り投げて、昔のただのエミリアに戻れたらどんなに楽だろう。
「自分にも古参兵をつけるのさ。戦い方を知っていて、あんたの右腕になってくれる人物をな。補佐役を頼むんじゃよ!」
ドワーフのふしくれだった手と鋭い目を見ながらわたしは言った。「あたなじゃダメなの?」
今日ついに、グルトの蛮行に終止符を打った。戦場で彼を討ち取ったのだ。戦いは困難を極めた。グルトの兵士たちが猛攻をしかけてきたので、あやうくわたしの軍は戦線を突破され、壊走を余儀なくされるところだった。タルジに言わせると、グルトはたいした指揮官じゃないらしい。たしかに、作戦なんてほとんど、いえ、まったく考えてなかった。わたしが勝てたのはそのおかげだった。
副官になってからというもの、タルジはわたしに戦いの駆け引きをいろいろと教えてくれた。タルジがいなかったら、グルトの獰猛さには立ち向かえなかったかもしれない。
−−奇妙な友情−−
詳細 | |
勝利条件: | 勇者ソリムルを倒す |
敗北条件: | エミリア・ナイトヘヴンを失う |
マップの難易度: | 「中級」ゲーム |
持ち越し: | エミリア・ナイトヘヴンとタルジ将軍、それに彼らの呪文、経験、技能は、すべて次のマップに引き継がれる。自軍の勇者の最大レベルは 20。 |
泥棒貴族に勝てば普通の生活に戻れると思ってたけど、それは大間違いだった。戦いが終わったとき、生きるためにみんなが手をとりあう必要があると、わたしたちは気がついた。そこで、この辺りの町の指導者が一同に会し、意見の統一をはかることになった。
指導者たちは、以前にわたしが提案したように、秩序と正義の王国の建設を決議した。わたしはその案の発案者でもあったし、みんなから信用されてもいた。そのせいでわたしは、新王国を導く女王に選ばれてしまった。
「あんたは<審判>からこっち、みんなが従った唯一人の指導者なんじゃ。みんながあんた以外の誰かを信任するなんて、本当に思っておったのか?」これがドワーフのタルジの説明だった。
断ることもできたはずだけど、よっぽどわたしは唖然としていたらしい。気づくとわたしは大アーカン国というご大層な名前を持つちっぽけな国の女王になっていた。わたし自身も名前が新しくなった。新しい名前はエミリア・ナイトヘヴン。ナイトヘヴンってのは「夜の安息所」って意味だけど、この暗黒の時代に安全と秩序をもたらしてくれるのは、わたしだけだと思われてしまったみたいだ。
こんなことになるなんて信じられない。わたしみたいな下賎の生まれの人間が女王になるためには、貧しさに負けないくらい美しく、大胆であると同時に賢くなければならないはず。でも、わたしは全然違う。この条件に合っているのは貧しいことくらい。それに、素敵な王子様はどこ?これがおとぎ話なら、駄作もいいところ。
でも、現実にわたしはここにいる。大アーカン国の女王、エミリア・ナイトヘヴン。自分でも驚きだけど、これはおとぎ話なんかじゃない。現実だ。
「女王か?」
三ヶ月過ぎても、わたしはまだ女王と呼ばれるのに慣れていなかった。そう言われるたびに違和感をおぼえる。だから、木の上から声が聞こえたときも、すぐには自分が呼ばれているのだとわからなかった。
「女王か?」
造ったばかりの庭に立っていたわたしは顔を上げた。王国をまとめ、白紙から法を定めるストレスの解消にと、庭いじりを始めたのだ。見ると、リンゴの木の一番低い枝に、鮮やかな青色のオウムがとまっている。
「大アーカン国の女王だな?」オウムが言った。
はじめは、賢いオウムに誰かがそういうしゃべり方を教えたんだと思った。だけど、その黒い目の奥には、鋭い知性が宿っていた。これは並のオウムじゃない。
「ええ。わたしがエミリア・ナイトヘヴンだけど」
「お初に目にかかる」オウムはお辞儀でもするかのように、ひょいと頭を下げた。「わたしはソリムル・イブン・ワリ・バラド。ブラカーダの”不老王”、ガヴィン・マグナス様の忠実な従者だ。”不老王”のことはご存知だろうか?」
「ええ、ブラカーダの”不老王”のことを知らない者なんていないわ」
「よろしい。ならば、わたしが伝えることの重みも理解してもらえるだろう。女王、あなたをバカにする気はないが、あなたには女王にふさわしい血筋も経験もない」
「なんですって?」このオウムの言うことはほぼ正しいとわかっていたけど、やっぱり気分のいいものじゃない。ガラス職人を父にもつ平民が女王になれると思うのは、それほどまでに無理のある考えなんだろうか?
「わたしの主人は、ある申し出をするためにわたしをここに遣わした。あなたはこの国から悪党を追い払い、<審判>によって破壊された旧王国の難民をまとめあげようとしておられる。難民の名かには我らがブラカーダを追われた者も混じっている。主人はあなたの努力を高く評価している。あなたの努力を無にするつもりはないのでご安心いただきたい。ただ、マグナス王には大アーカン国の王として君臨する資格があることを理解してもらわなければならない」
わたしは息苦しくなった。これは申し出なんかではない、脅しだ!それも、伝説の”不老王”からの。わたしがその場で考えついたのは、馬鹿げた言い逃れだけだった。
「まだ大アーカン国に玉座なんてないわ」まったく、わたしほど女王にふさわしくない者がいるだろうか?
「それでも、あなたが軍勢をわたしに差し出すならば、マグナス王はあなたを新しい妻として迎え、あなたは王のそばに侍ることになるだろう。もちろん、大アーカン国に玉座を設けた後のことだが」
ついに怒りが驚きに打ち勝った。あつかましいにもほどがある!ガヴィン・マグナスは、わたしが大アーカン国を差し出すばかりか、自分の妻になると決めつけている!なんて自惚れ!わたしはかがみこんで、抜いたばかりの雑草の束をつかんだ。
わたしは泥の塊をオウムに投げつけたが、オウムはさっと身をかわして飛び去った。
「戻って主人に伝えなさい」わたしは怒鳴った。「マグナス以外の男がすべて死に絶えても妻にはならないと!大アーカン国に関していえば、旧世界でのマグナスはたいした王様じゃなかった。今さら良い統治者になれるなんて、誰が信じると思って?」
オウムはしばし無言で上空を旋回していた。
「ならば、アーカンの東の国境で待機している我が軍に戻るとしよう。では女王よ、戦場での再会を楽しみにしているぞ!」
今朝目覚めると、足元に手紙が置かれていた。わたしは飛びあがり、まずは辺りを見まわしてテントの中に誰かいないかうかがった。何の気配もない。外では野営地がゆっくり目覚めようとしている。わたしは手紙に手を伸ばした。
青い蝋の封印はオウムの形をしていた。わたしは風に気をつけながら封を開けると、入っていた手紙を開き、明るい青インクで書かれた文を読んだ。使われている華麗な飾り文字は絵のように見えた。
「エミリア・ナイトヘヴンへ
最初に、この手紙を届けたのはわたし自身であることを知っておいて欲しい。わたしはあなたの美しい寝姿の上に立ち、夢見るあなたを拝見したが、あなたに危害を加えるつもりはまったくなかった。それはわたしの流儀ではない。しばしば、敵同士がお互いを夫婦よりも身近に感じることがある。だから、わたしはあなたにわたしの真の姿を知ってほしいし、わたしもあなたのことを知るのを楽しみにしている。
わたしはあなたが大アーカン国の女王を辞さないと決めたことに敬意を表する。そうできるのは、あなたが大変な勇気の持ち主だからだ。だがわたしは、主人の申し出を今一度あなたに伝えるのが自分の役目だと感じている。どうか、殺し合いをさせないでくれ。軍をこちらに引き渡せば、あなたは建国に力を貸した国にとどまることができる。あなたの名は必ずや歴史に残るだろう。わたしは歴史の探究者だ。えてして玉座の後ろに控える女性の方が、玉座に座る王よりも強い力を持つことを知っている。
なぜ、抗う?なぜ、戦う?わたしは夜遅く、あなたの顔を見たことがある。一人きりになったと思っているときのあなたの顔には、迷いと苦悩と恐れが浮かんでいた。自分でも女王の座をおりたいと思っているはずだ。ならばなぜ、大アーカン国の導く方法を知り、しかも統治を楽しむ者に任せようとしないのだ?
では、戦場で会わずにすむことを祈っている。
ソリムル・イブン・ワリ・バラド」
ソリムルの手紙は一見すると礼儀正しく、下手に出ているようだが、わたしにはこれが形を変えた巧妙な攻撃であることがわかっていた。わたしの自身を揺るがせ、権勢欲をくすぐろうとしているんだ。だけど、ソリムルは自分で思っているほどわたしのことをわかってない。わたしは権力なんてどうでもいい。わたしが欲しいのは、故郷と呼べる場所と平和だけ。
また戦になりそう。前回よりはるかに大変な戦いになるのは間違いない。わたしは相談役のタルジに大アーカン軍を任せようと考えていた。なにしろタルジはわたしよりもずっと経験豊富なんだから。ところが、わたしがそう言うと、タルジは顔をしかめてみせた。
「ひとつだけ言えるのはな、自分たちと一緒に戦う指導者のためだったら、人は喜んで死ぬということじゃ。後方で指揮する指導者じゃだめなんじゃよ」この言葉はグサッときた。わたしは誰にも死んで欲しくなかった。わたしが戦場にいようといまいと。
好むと好まざるとに関わらず、わたしは大アーカン国とその国民に対して責任を負っているんだ。女王に指名されたときに、断ることもできたはず。だけど、わたしにはその勇気がなかった。それとも、本当は注目を浴びたかったんだろうか?わたしだって女だもの。
東の国境から悪い知らせがたて続けに届いた。ソリムルの軍は強大で、驚くほどよく統率されているらしい。
「ソリムルか。聞いたことがある」タルジが今朝、わたしに言った。
「どうしようもない将軍だと楽なんだっけど」
タルジは首をふった。
「その反対じゃよ。あいつは戦略に長けとる。おまけに力のある魔法使いでもある。なにしろジンじゃからな」
「知らなかったわ。前に一度会ったけど、そのときはオウムだったわ」
「いろいろ変身できるからな。ソリムルが”不老王”ガヴィン・マグナスに仕えるようになって何百年にもなる。マグナスに命を救われて以来じゃ。ソリムルがいなかったら、マグナスはとっくの昔にブラカーダの王座を失っていただろうと言う者さえいる。それがあんたの敵じゃよ」
「勝てるかしら?」
「勝てるとも!誰だって遅かれ早かれ負けるもんじゃ」
「なんだか悲観的な見方ね」
「いいや、現実的なだけじゃよ」
「では、わたしも負ける運命にあるわけね?」
「いつかはな。それを先に延ばすのがわしの仕事じゃよ」
「それを聞いて安心したわ!ソリムルに勝つ秘策があるのね?」
「いいや、これから考える」
前方で悲鳴が上がった。すぐ現場で駆けつけてみると、農民の一団が大勢のミノタウロスに痛めつけられていた。君が止めに入らない限り、農民たちが助かる見込みはない。すこで君は攻撃命令を下した。
ミノタウロスたちが死ぬと、やっと農民たちは隠れていた場所から出てきた。痩せほそり、ボロをまとった農民たちは、君に近づいてひざまずいた。目には涙を浮かべている。
「ありがとうございます!あなたさまは命の恩人です」
「連中はあなたたちをどうするつもりだったんですか?」
「わたしたちは逃げ出したんです」一人が言った。
農民たちが言うには、彼らはミノタウロス王の奴隷だった。脱走しようとする者はその場で処刑されるらしい。ミノタウロス王の居場所を訊くと、途中にメデューサが守る塔があると教えてくれた。そこを通らない限りミノタウロス王の領地には行けないが、そこを通れた者は今までに一人もいないのだという。
「それに困ったことに、わたしたちの家族や友人がまだ捕らえられていて、あの残酷な王にこき使われているのです!」
その人たちを助けなければ・・・
今朝一番に、補給担当の兵士がやってきて、馬の餌がたりないと訴えた。それからゴーレムマスターが来て、行軍が早過ぎると不満を言った。そのすぐ後には、ハーフリングの隊長がやってきて、行軍が遅すぎますと進言してくれた。おしまいにはタルジまで部隊の訓練量を増やせと言ってきたので、さすがのわたしも頭にきてしまった。
「好きにすればいいでしょう!」わたしはドワーフにつっかかった。「あなたはあたしの軍師でしょう、タルジ?あなたが一番いいと思うことをすればいいわ。だけど、細々としたことでわたしを煩わすのだけはやめて!」
わたしは腹を立ててその場を立ち去ったけど、すぐにかっとしたことが恥ずかしくなった。わたしは女王だ。このようなごたごたを解決するのもわたしの役目なんだ。だからといって、それを好きになれるわけでもなかったけど。ソリムルは正しいことを一つ言っていた。ガラス職人の娘が立派な女王になれると思うこと自体がお笑いなのだ。
ミノタウロス王の部隊とまともに戦って兵士の命を危険に晒すよりはと、わたしはハーフリングとドワーフの小部隊をミノタウロスの国に忍び込ませ、農民たちを逃がそうとした。最初は素晴らしい計画に思えた。大きな戦いを回避する手立てを思いついて、鼻高々だったぐらい。これこそ立派な女王の取るべき道ではないかしら?
だけど今朝、わたしは救出部隊が捕らえられて処刑されたという知らせを受け取った。わたしが判断を誤ったせいで、二十人の命が奪われてしまった!
「やる価値はあったさ」タルジがわたしのテントを覆った沈黙を破って言った。
「冗談でしょう?最低よ!」わたしは反射的に言った。そして銀の王冠に手をやり、頭からはずした。王冠といっても、遠征中にかぶる略式の冠だったけど。
「さて、これから我が軍はあらゆる手段を駆使してミノタウロス王を攻撃せねば!」
「いや」
わたしは立ち上がり、王冠をタルジの足元に投げ捨てた。
「もう嫌。こんな茶番劇はもうたくさん。誰か他の人を女王にしたらいいのよ。わたしはもう降りるわ!」
わたしはテントを飛び出すと、引き留めようとするタルジをふりきって手近な馬に飛び乗った。わたしは一人で馬を走らせつづけた。怖いことはもう二度とご免だった。しばらくして馬を休めると、近くの木に青いオウムが止まっているのが目に入った。
「わたしをあざ笑いに来たの、ソリムル?」
「それもわたしの流儀ではない」オウムは言った。「少しは慰めになるかと思ってきたのだ」
「それはどうも。でも、一人にして!」
「エミリアよ、あなたに誓おう。ミノタウロス王の相手はわたしがすると。あの農民たちがあれほどまでに苦しまねばならないのは不当だ。たしかにわたしはあなたの敵かもしれない。だが、わたしは礼節を重んじている。あのミノタウロスはそんなもの屁とも思っていないがな」
オウムは再び飛び去り、青空へと姿を消した。それを見送りながら、わたしは敵の言葉を噛みしめていた。ソリムルの言うとおりだ。女王の仕事は軍を率いることでも敵を制服することでもない。自分の身を守れない人々を守ってあげることなんだ。いわばこれは礼節の問題だ。そもそも、それがこの戦いの発端ではないか。
ソリムルならミノタウロス王を倒し、農民を救うことができるだろう。だけど、彼がいる場所はあまりにも遠く離れていた。わたしの方がずっと近い。それに、この仕事を負うべきは大アーカン国の女王であるわたしであってソリムルではない。
君は塔に近づこうと何度か試みた。だが、メデューサの番兵たちが胸壁から岩を投げてくるので、そのたびに追い返されてしまった。「岩」の正体を知ったとき、君は背筋が寒くなるのを感じた。それは、かつてこの塔を襲撃して石に変えられた人々だった。
どうにかしなければ。
そのとき名案が浮かんだ。メデューサたちは同族を攻撃するだろうか?何人かのメデューサが門のところまで行けば、きっとこの塔を落とせるはずだ。
扉の上に看板がかかっている。看板には泡立つ赤い液体がなみなみと入った瓶と曲がった剣が描かれていた。おもしろそうだ。暗くてかび臭い店の中に入っていくと、隅の安楽椅子に老婆が座っていた。壁の棚にはたくさんの珍しい品々が雑然と詰め込んである。
「好きに見てかまわないよ。なにか欲しいものがあったら言っとくれ」
いくつか目をひく物もあったが、これといって役に立ちそうな物は見当たらなかった。いや待てよ。あの小さな木彫りはメデューサだ。しかも十体ある。
思わず一体を手に取ってみると、細かいところまで本物そっくりだった。すると老婆が言った。「なかなか目が高いね。この店で一番の品さ。地面において呪文を唱えると、本物のメデューサになるんだよ。もちろん、あんたの言うことならなんでも聞くとも」
「本当に?」
「ああ。うまくいかなかったらお代はお返しするよ。約束だ」
「いくら?」
「一体につき金貨五百枚。十体全部なら四千枚だ」
「ちょっと考えてみるわ」
君がまた、例の店に入っていくと、小太りでメガネをかけた男がメデューサの人形を見ていた。君が手に入れたいと思っている品だ。その男はひとつずつ手にとって、まじまじと見ている。しまった、遅すぎた!この男は十体全部をまとめ買いしそうだ。
男は老婆を振り向いて言った。「取っておいてくれないかな?」
「すまないね。うちは取りおきはしないんだよ」老婆は編物からほとんど目を上げずに答えた。
男はふん、と鼻を鳴らした。
「どうしてもだめか?客を大事にしたいなら、そういうサービスも必要と思わないか?」
君は奇妙な紙の筒をいじくりまわしながら、無関心をよそおっていた。その紙の筒はフィンガーパズルだった。
老婆は編物をかたわらに置くと、男を見上げた。
「お兄さん、いいかい?あたしが魚釣りに出かけて、餌を忘れたことに気づいたとsる。魚はあたしが餌をとりに戻るのを待ってはくれないだろ?それとおんなじで、このかわいい人形たちも、あんたが黄金を持ってくるのを待ってくれやしないってことさ。わかったかい?」
君は男が店を飛び出すのを見てニヤリとした。男は怒りで顔を真っ赤にしていった。君はさっそく金貨四千枚を取り出した。
「このメデューサの人形をくださいな」
「あいよ」老婆はにたっと笑った。「全部あんたのもんさ」
近くの木の陰から、君は自分が差し向けたメデューサたちが塔に近づくの見守った。メデューサたちが敵と短い会話を交わすと、扉が開いた。その瞬間を逃さす、君のメデューサたちは攻撃をしかけた。ものの数分で塔は君の支配下に置かれ、君はいつでも好きなときにこの塔を通れるようになった。
ミノタウロス王は敗れ、敗残兵はすべて死ぬか逃げるかしてしまった。わたしは王の奴隷にされていた可哀想な人々をやっと解放することができた。彼らを並ばせ、足首の鎖を断ち切ってあげると、誰もが口々に礼を言った。
「それほどのことをしたわけじゃないのに」わたしはあまりにも感謝されたので照れくさかった。
「受けておけ。良いときには素直に喜んでおくものじゃ。これからは悪いときも多いじゃろうかな」
「でも、それはずるい気がするわ。もう少しでわたしは、あの人たちや大アーカン国を見捨てるところだったのよ?あの人たちはそのことを知らないだけだわ」
「だからなんじゃ。あんたは今ここにいる。それが大切なことじゃろうが」
軍勢同士がぶつかる前に、ソリムルが使者をよこし、和平交渉を持ちかけてきた。タルジはこの申し出を信じなかったけど、わたしは受け入れることにした。ソリムルにわたしを罠にはめる気がないことをすでに承知している。彼がよく口にするように、それは彼の流儀じゃないのだ。わたしはタルジと味方の中で一番腕の良い魔術師を連れて、近くの丘の頂上へと向かった。
ソリムルは一人で待っていた。彼の本当の姿を目にするのはこれが初めてだった。普通の人間より背が高く、立派な白い衣装に身を包んだその姿は凛々しかった。肌は彼のもう一つの姿であるオウムの羽毛のように輝き、髪は漆黒だった。
「よく来てくれた、エミリア女王」ソリムルは軽く会釈をしていった。
「やっと本当の姿のあなたに会えて嬉しいわ」わたしは心からそう言った。
「いや、わたしたちの目に映る姿は幻にすぎない。真の姿は、その振るまいや真実を語る言葉にしか現れないのだ。おわかりかな?」
「そうね」
「そう。だからこそ、初めてあなたと会ったときから、わたしたちはいつの日にか戦場で再会するだろうとわかっていた。何があろうと、あなたは大アーカン国を見捨てないだろう。信じてほしい。こんなことを口にするだけで、わたしは深い悲しみをおぼえるのだ」
「なぜ?」
「それというのも、女王エミリア・ナイトヘヴンよ、わたしはあなたに好意を抱いているからだ。心の底から正義を望んでいても、あなたには自信が欠けている。謙虚な女王に軍を率いることができようか?」
わたしもたぶんソリムルのことが好きなのだろう。驚いたことに、わたしは自分の部下の大半よりもソリムルの方が信頼できると思っているのだ。
「もう話は済んだか、ソリムル!」タルジが割り込んだ。「深い悲しみなどとほざいているが、それでもお前の軍はこちらに向かっとるじゃないか」
「それは否定せん」ソリムルはちょっと遺憾そうに答えた。
「それがソリムルの責務なのよ、タルジ。わたしたちが大アーカン国を守らなければならないように」わたしは敵をかばってそう言った。そして、ソリムルに問いかけた。「戦わずに、互いの責務を果たす道はあるかしら?」
「残念だが、ないだろう。エミリア女王、主人からあなたを捕らえよとの命を受けている。わたしにはそれ以上のことはできないのだ」
「それなら、なぜこのような平和を申し出るのじゃ?」タルジが声を荒げた。このドワーフはわたしがどうしてソリムルに敬意を抱くのかわからないらしい。だけど、わたしが大アーカン国の女王の座に戻ったのがソリムルのおかげだと知ったら、タルジも違った気持ちになるかもしれない。
「それは、いくつか取り決めをするためだ」ソリムルは言った。「それにエミリア女王、あなたに降伏のチャンスをもう一度与えるためでもある」
「あなたこそ、いつでもわたしに降伏できるのよ」
ソリムルはわたしの言葉を聞いて笑った。「残念ながらわたしに選択の余地はない。わたしたちは早い機会に戦場で会うことになるだろう。願わくば、互いに兵士が生命を尊び、無駄な殺戮は避けたいものだ。命乞いをする者がいたら逃がしてやってほしい。どうだろう?」
「むろんそのつもりよ」わたしはタルジが口をはさむ前に答えた。女王たるもの、ときには自分の判断を押し切らなくては。
「では女王エミリア・ナイトヘヴンよ、あなたと兵士たちの幸運を祈る」ソリムルは深くお辞儀をして言った。
「あなたとあなたの兵士たちの幸運も祈るわ、ソリムル・イブン・ワリ・バラド」
独房に行ってみると、ソリムルは大きな腕を頭の後ろで組み、ベッドに寝転んでいた。彼はわたしを見上げてほほ笑んだ。
「まだいたの?」ソリムルなら、いつだってオウムに姿を変え、あるいは一陣の風となって、ここから飛んでいけたはず。どうしてそうしなかったんだろう?
「わたしを負かすことができたら、七日間は女王に囚われてやろうと思っていたのだ。七日が過ぎれば、わたしは主人のもとに戻る」
「どうして七日なの?なぜさっさと行ってしまわないの?」
「七日あれば、わたしを処刑するかどうか決めるのに十分だろう?」ソリムルは平然と言ってのけた。
「処刑はできないわ」わたしは言った。「あなたの行動には非のうちどころがないもの。あなたに敗れた人々でさえ、ひどい扱いを受けなかったと言っているし。それに、主人の命に背くことができないんじゃあ、あなたの行いを責めるわけにもいかないでしょう?」
「わたしに落ち度があると考えている者もいる。あなたの軍師がそうだ」
「決めるのは女王よ。タルジは女王じゃないわ」
「そうだな。ドレスを着たら、さずかし間抜けに見えよう」
わたしは思わず吹き出した。ドレスをまとってティアラをつけたタルジ?わたしの笑い声が牢獄にこだました。
「さて、エミリア女王よ、わたしを殺すつもりがなければ、いつでも歓迎しますぞ。七日ある。それを過ぎればわたしは主人のもとへ帰って罰を受けねばならない」
わたしはうなずいた。自分が毎日ソリムルのもとを訪れるだろうってことはよくわかっていた。きっと食事も共にするだろう。その気になれば魔法でソリムルを牢獄に閉じこめておく方法ぐらい考えついたかもしれないけど、それはわたしの流儀じゃない。
−−王のしもべ−−
詳細 | |
勝利条件: | <ブラックドラゴンの墓場>を見つけ、青緑のプレイヤーを倒す |
敗北条件: | ソリムルを失う |
マップの難易度: | 「中級」ゲーム |
持ち越し: | ソリムル、および彼の呪文、経験、技能は、すべて次のマップに引き継がれる。自軍の勇者の最大レベルは 15 |
わたしは主人の城をぐるぐると歩きまわりながら、失敗したことを知らせる勇気を奮い起こした。ここ数百年、主人を失望させることなど滅多になかった。ましてやこんなに大きなへまをやらかしたことはなかった。大きなため息をつくと、わたしは窓をすり抜けて大広間に入った。主人は職人たちの一団に当り散らしていた。
「取り壊せ。床をはぐのだ。この広間は何から何まで気に食わん!」マグナスは怒鳴ると、凝った造りの柱を指して言った。「この柱の直径は他の柱より一センチ短いぞ。それに床は南側が二度ほど高くなっている。この城はたしかに丘の上に立っているが、だからといってわしの玉座の間がこんなに傾いていて良いわけがなかろう!」
人間ばなれした眼力だ。実際、ジンの目でもそんな些細な狂いはわからない。主人の特異な生い立ちについて、手がかりがまた増えた。
ガヴィン・マグナスが広間から職人たちを追い払っている光景からふと視線を移したわたしは、がっしりとした体格をした燃えるような赤毛のドワーフが、主人の派手な玉座の陰に立っているのに気づいた。こいつは新顔だ。主人に忠誠を誓っている他のドワーフとは見た目からして違う。そのくせ、まるでずっとこの城にいるような図々しさだ。
主人はきびすを返し、わたしを出迎えようと玉座についた。主人は背後のドワーフには目もくれなかった。
「ご機嫌うるわしゅう、ご主人様」わたしはふかぶかと頭を下げて言った。礼儀に反しないように、主人の前ではそのままの姿勢をとり続ける。
「ソリムルよ、わしはお前がこのような失敗をしでかすなどとは思ってもみなかったぞ。お前はこれまでずっと、わしの軍を率いて目覚ましい戦果を上げてきたではないか」
主人は次々と痛いところをついてきた。エミリア軍はどうやってお前を破ったのだ?お前はあの女王が好きで手を抜いたのではないか?負けたかったのではないか?この敗北はわたしが無能なせいではなく、不運に見まわれた結果だと断言できえrばどんなに良かったろう。
「わたしはあの女を甘く見過ぎていたのだと思います、ご主人様」
「まあ良い。こんなことにわずらっている場合ではないのだ。新しい軍を立ち上げねばならぬのでな。さいわいなことに、このようなバカげた可能性についても、用意は怠りないわ。ここでわしが問題を片付けている間に、お前には別の仕事をしてもらうとしよう。今度は必ずや成功させるのだぞ!大丈夫であろうな?」わたしは縮こまった。主人の信頼を取り戻すには時間がかかりそうだ。
「はい、ご主人様」
冬はすぐにやってくる。気がつくと、わたしはごくささやかな軍勢を伴って、小さな町が一つあるだけのこんな僻地に流れ着いていた。なんと馬鹿げた任務を与えられたのだろう!王は本気でブラックドラゴンの死体が埋葬されている場所をわたしに探し出させるつもりだ。ドラゴンゴーレムという新しいクリーチャーを造るためにその骨を使うらしい。何千年も生きているわたしでさえ、そんな怪物を聞いたこともない。王はいったいどこでそんな話を吹き込まれたのだ?あの赤毛のドワーフたちか?
昨夜、わたしはみずから偵察に出た。オウムに姿を変え、国のはずれを飛びまわる。そのあたりには、旧世界から逃れてきたうさんくさい難民が住みついていた。それに、どういうものか、難民たちは皆、わたしが近くにきていることを気づいている。彼らは戦争に備え、砦を強化していた。主人はわたしを試そうとしているのかもしれない。さもなくば、もっと強い軍をわたしに与えてくれただろう。ガヴィン・マグナス王は用意周到なはずだ。この任務が主人が言うほど重要なら、わたしが必要な戦力を持てるように計らってくれたはずなのだ。そうだ、試されているのだ。今回ばかりは、失敗すれば命に関わるかもしれない。
わたしは忠実に任務を果たそうとしていた。しかし、最近の主人の突飛で偏執的なふるまいに不安を感じざるをえない。ドラゴンゴーレムのことも、主人がそれを造りたがっているわけも、知らなければならない。もっと気にかかるのは、主人を虜にしているあの赤毛の奇妙なドワーフだ。いったい何者なのだ?
誰に頼めば力を貸してもらえるか、わたしは心得ていた。
今日、わたしは田舎の宿屋で、パン種の匂いのするやせたハーフリングと会った。この小柄な男にとりたてて変わったところになかった。事実、見てくれはまったく平凡だ。しかし、わたしは彼がこの国随一の情報屋だということを知っていた。付け加えるなら、パン焼き職人としての腕も一流だという噂だ。
「君は見るからに信頼できそうだ。エッドウィル、力を貸してくれるな?」
「”不老王”をスパイするなんて、冗談じゃありませんよ」エッドウィルはそわそわしながら言った。「あなたはジンでしょう?ご自分でできないんですか?」
「主人は城のまわりにあらゆる種類の魔法封じを巡らせている。中には、わたしが知らぬものもあるのだ。魔法を使わずにやれる者が必要だ。やってくれるな?」
「承知しました、ソリムル様。他ならぬあなたの頼みだ。で、何をお知りになりたいんで?」
夜警が第二当番に交代するのを待って、わたしはオウムの姿で野営地を抜け出し、魔術を使って主人の城から数キロほど離れた場所にある小さな村へと飛んだ。村に着くとわたしは本来の姿に戻り、ハーフリングの密偵、エッドウィルが来るのを待った。
その間、どうも首の後ろがむずむずしていたが、なんとか無視しようとした。何かがおかしい。あるいは、何か恐ろしいことが起ころうとしている。首の後ろがむずむずするのは、何やら大きなできごとがあって、運命の糸が紡がれ始めるときなのだ。この前こんな感じがしたのは、<審判>が下されて世界が崩壊したときだった。
エッドウィルは遅れてやってきた。だが、彼の報告が気になっていたので、遅刻を咎める気にもなれなかった。
「ドラゴンゴーレムについちゃ、たいした情報は集まりませんでした」エッドウィルは言った。「ですが、王様にくっついているあのドワーフのことなら、ちっとはわかりましたぜ。あいつは礼儀も知らない偏屈屋です。ドワーフ族でも嫌われ者だが、そのわけもわかりました」
「わたしに言わせてくれ。あいつは別種のドワーフなのだろう?」
「どんぴしゃです!あいつはレッドドワーフって呼ばれています。どうも他のどのドワーフよりもずっと地底深くに暮らしている、得体の知れない連中みたいですな。長い間あいつらは誰とも同盟を結んだことがありません。だから誰もあいつらを信用しないんです」
「あいつの名はなんという?なぜここにいるのだ?」
「キーロクスです。あいつはマグナス王がレッドドワーフと同盟を結んだんで、使節としてきてるんです」
ゴーレムはいたって簡単に造れる。ゴーレムマスターはそう思われるのを嫌っていたが、正しい呪文をかけることで命のない物を簡単な命令に従わせるのは、古典的な魔術の一つだ。魔術師以外にもゴーレムを造った者がいるほどだ。
しかし、ドラゴンゴーレムについてはいまだによくわかっていない。わたしが知る限り、まだ誰も造ったことがないからだ。ふつうのゴーレムなら二十体も造れるほどの金属を使って、なぜドラゴンサイズのゴーレムを造らなければならないのだ?割に合わない。ということは、ドラゴンゴーレムは何らかの理由によって二十体のゴールドゴーレム以上に力を発揮するに違いない。だが、「何らかの理由」とは、具体的にはどのような理由なのだ?
今日、この地方に住む魔術師の一人から手紙が届いた。
「親愛なるブラカーダのソリムル
ソリムルの名はあなたの主人、ガヴィン・マグナス王の名と同じぐらい知れ渡っております。あなとの魔術の腕を競おうなどとは思ってません。ましてやあなたの主人の機嫌を損ねるつもりは毛頭ありません。ですが、当然ながら、わたしが所有する土地を渡すのは、それがたとえ一エーカーでもお断りです。この土地は、わたしにとってもブラックドラゴンにとっても、かけがえのないものなのです。
そこで、わたしは取引を提案いたします。別の地方に目を向け、ブラックドラゴンの墓場のことはお忘れなさい。そうすれば、わたしはあの新生王国、大アーカンとの戦いにおいて、できる限りあなたを支援しましょう。あなたの最近の敗北については耳にしています。わたしのブラックドラゴンの助けがあれば、あなたは必ずや勝利を収めるでしょう。
また友情の証として、金貨一万枚を差し上げましょう。どうか、このことをご主人にお伝え下さい。これがお互いにとって有益な関係の始まりとなることを願っております。
”ドラゴンの守護者”ブロス卿」
主人の返事はすでにわかっていたが、わたしは手紙をたたんで魔法の風に乗せ、主人のもとへ送った。言うまでもなく、マグナス王は拒絶するだろう。主人は何かに夢中になると、それを手に入れるまで絶対に諦めない方だ。それがガヴィン・マグナスのやり方なのだ。さいわい、賄賂がきかなかったことをブロス卿が悟る頃には、わたしは彼と戦場で対決する準備を整え終わっていることだろう。
わたしはネクロマンサーの独房に警戒しながら近づいた。敗北はまだなまなましい記憶としてリッチの頭に焼きついている。それに、この手の化け物は何をしでかすか予測もつかない。
「それでは」リッチは崩れた顔で気味の悪い笑みを作った。「拷問が始まるというわけか?」
わたしは首をふった。なんと醜悪な奴だ。
「そうではない」わたしは答えた。「お前にはもったいないチャンスを与えてやろうというのだ。ブロス卿について知っていることを話せ。そうすれば、少なくてもわたしの牢獄の中では気持ちよく過ごさせてやろう」
「どの程度の快適さになるのかね?」
「お前はヴァンパイアでもレイスでもない。だから、生きるために他の者の命を奪う必要はないはずだ。本と柔らかいベッド、それに窓のない部屋をやろう」
「で、わたしが断ったら、あんたはわたしを東向きに大きな窓のついた独房に入れて、毎朝日光浴をさせてくれるってわけかね?」
そう思っているなら思わせておくだけだ。このての輩は、わたしが考えつくよりもっとひどい拷問を想像するに違いない。だからわたし敢えて黙っていた。リッチのアンデッド化した肌を日の光に晒すつもりなどなかったが、リッチがそう思うのは奴の勝手だ。
「いいだろう、取引成立だ」ネクロマンサーは言った。「ブロスなんてクソくらえだ。だが、あいつを攻撃するつもりなら、お前は思ったより大バカ者だな。あいつは強い。子どものようにかわいがっているブラックドラゴンがいるからな。生者であろうが亡者であろうが、あれほど強いクリーチャーはまたといまい!」
<ブラックドラゴンの墓場>の場所を訊くと、リッチはちょっと肩をすくめた。
「そいつはブロスに訊け」
ブロスを生けどりにするのは難しかった。この男のドラゴンへの献身ぶりときたら普通ではない。ブロスは思った以上に激しく抵抗し、わたしの申し出をことごとく拒絶した。今もいっさいの話し合いを拒否している。
求めている墓場を探し出す方法などないように思えた。しかし、数人の斥候から、この地方のあちらこちらでブラックドラゴンを目撃したとの報告がもたらされた。どのブラックドラゴンも同じ方向に向かっていて、まるで一カ所に集結しようとしているかのようだ。いや、その可能性は非常に高い。守護者が敗られたからには、自力で戦わなければならないのだ。
わたしには予感があった。ブラックドラゴンはある地点に集まっているのだ。本能に組みこまれている場所、つまり<ブラックドラゴンの墓場>だ。わたしは再び進軍を命じた。墓場はもうすぐそこだ。
そのとき、わたしはふと思った。わたしはいったい何をしようとしているのだ?これでいいのか?わたしはありきたりの墓荒らしに成り下がってしまったのか?ブラックドラゴンの気性はたしかに荒いが、それでも彼らが死者を敬っていることは間違いない。彼らの聖地から骨を盗んで、胸を張っていられるのか?
だが、それなら、わたしはどんな選択があるというのだ?再び主人を失望させることなどできないのだ。
目には見えなかったが、怒り狂ったブラックドラゴンの魂がわたしの周囲を飛びまわり、体をすり抜けていくのが感じられる。ここに葬られているブラックドラゴンの魂だ。わたしは前に進みたくなかった。いかなる基準に照らし合わせても、墓荒らしは不名誉な行いだ。しかし、わたしに選択の余地はなかった。
−−虹の水晶−−
詳細 | |
勝利条件: | ドレッガール王を倒す |
敗北条件: | ソリムルを失う |
マップの難易度: | 「中級」ゲーム |
持ち越し: | ソリムル、および彼の呪文、経験、技能は、すべて次のマップに引き継がれる。自軍の勇者の最大レベルは 20 |
数ヶ月間、レッドドワーフと一緒に過ごしてもなお、わたしの彼らに関する知識は、初めて会った日と同じようなものだった。レッドドワーフは自分たちのことになると口の堅い連中だ。そのうえ、仕事をしていないときには酒をくらってはバカ騒ぎばかりしていた。
暴動は十五体めのドラゴンゴーレムが完成した直後に起きた。わたしの主人はすでに世界を征服できるくらいの軍勢を築き上げていたが、例のごとく確実を期し、百体ものドラゴンゴーレムを造れと命じていた。ところが不幸なことに、リーダーのキーロクスともう一人のレッドドワーフとの間にいざこざがあり(どんないざこざだったかはよくわからないが)、これが大規模な暴動に発展してしまったのだ。もはや酒瓶と拳の喧嘩ではなかった。喧嘩っ早いドワーフたちは、ドラゴンゴーレムに乗って互いを攻撃し始めた。その結果、城の半分が破壊された。
レッドドワーフがすべてを破壊つくす前に、マグナス王とわたしはどうにか暴動を鎮圧した。しかし、彼らの内輪もめの痕は、まるで大災害に見まわれたかのようだった。わたしたちはレッドドワーフたちを一人一人隔離して投獄した。キーロクスは死体になって見つかった。乗っていたドラゴンゴーレムの残骸の下敷きになったのだ。
キーロクスを発見したとき、マグナス王は、地面に唾を吐いて言った。「くずどもと取引した結果がこれか!こういう奴らはどこにでもいる。キーロクスのような奴はな。まるで枯れ木に群がるシロアリだ。なにか手を打たねば!」
マグナス王はこう言うと、さっさと図書室に引きこもり、座りこんで膨大な蔵書を一冊ずつしらみつぶしに調べ始めた。誰にも入室を許さず、邪魔させない。一方でわたしには城の修理を監督させ、レッドドワーフのものとは別の設計でドラゴンゴーレム工場を再建させようとした。
そしてその日、主人は部屋から姿を現すと、わたしにこの北の凍土へ向かうように命じたのだ。
「≪虹の水晶≫だ!」王は言った。「すぐに≪虹の水晶≫を手に入れてくるのだ、ソリムルよ」
「ですが、それはどのようなものなのです、ご主人様?」
「説明している暇はない!どこかの冒険者たちが荒野を歩き回っているうちに見つけたのだ。わしはやっとのことでその唯一の生き残りを案内人として雇うことができた。お前が目的地に着いたらその男が会いにくるように段取りをつけておいた」
「よくわかりません、ご主人様」わたしは言った。ガヴィンがわたしの忠誠心に疑問を抱くようなことは、これまで一度もなかった。それなのになぜ、主人はわたしに隠し事をしようとするのだろうか?
「お前が率いる軍勢はわしが選んでおいた、ソリムル。こうして話している間にも準備は整いつつある。約束の時間に案内人に会おうと思ったら、今すぐにも出発しなければ間に合わんぞ」言うだけ言うと、王は他には何も言わずに行ってしまった。
こんなわけで、今わたしは人の住まぬ極寒の地で、案内人とやらを待っているのだ。
今朝、二人の衛士が、痩せておどおどした男をわたしのテントに連れてきた。初めて見る男だ。服が体からだらんと垂れ下がっている。針金のような身体には大きすぎるのだが、生地が多くて防寒には都合がいいようだ。
「この男はあなた様をお探ししていたと申しております」
この男がわたしの道案内なのだろうか?近くでよく見ると、この男の皮膚はまるで人生の大半を戸外で過ごしたかのように堅そうだった。それでいて、荒野では一週間ともちそうに見えない。
「俺はソリムルという名のジンを探してます」痩せた男は言った。
「目の前にいるよ。わたしがソリムル・イブン・ワリ・バラドだ。お前は?」
「ホルマンです」
「ふむ、ホルマンか。主人に聞いたが、≪虹の水晶≫のありかまで案内してくれるそうだな。せかして悪いが、すぐ出発だ。主人は急いでいるのだ」
「それはいいんですが、問題があります。調べてきたんですが、道がふさがれていました」
「ふさがれている?」
「ええご存知かと思いますが、≪虹の水晶≫は地底の奥深くにあります。ところが、何者かが古い洞窟へとつづく唯一の入り口に、壁を築きやがったんです。おそらくはアンデッド王のドレッガールのしわざでしょう」
「ふさがれているのは確かか?」
「かなり頑丈な壁が築かれています。誰も通れません。今すぐ俺への報酬の支払いをすませて、あなたはご主人のもとへ帰るのが得策でしょう」
わたしは荒野を見渡し、≪虹の水晶≫は手に入らないと告げたときの主人の反応を想像してみた。喜びはしないだろう。今の状況では、いい反応が返ってこないのは確実だ。
「≪虹の水晶≫のところまでいける別の道があるはずだ!」わたしは声を張り上げた。「手ぶらで帰るつもりはない」
わたしは前に足を踏み出してホルマンの肩に手を置き、無理ににっこり笑ってみせた。
「では、閣下、俺が道を見つけるまで黄金は下されないのですね?一蓮托生というわけですか?」
ノックする前に扉が開き、やけに愛想のいい老婆が現れた。
「お入り。お茶を入れたところだよ。あんたの好きなレモンクッキーも作ったよ」
「でもどうしてレモンクッキーが好きだって知ってるんですか?」君は中に入りながら尋ねた。
「わたしは”見る者”だよ、おばかさん!座って、お食べ!話すことがいっぱいあるからね」
君はこれまでに食べたことがないほどおいしいレモンクッキーを十個以上も食べてから、やっと”見る者”と名のる老婆に注意を戻した。
「話すことがあるって言いませんでしたっけ?」
「言ったよ。あんたは知らないだろうが、あんたの旅を終わらせるには、まず<赤の鍵番小屋>に行かなければならないんだよ。わたしゃたまたま赤の鍵番をよく知っているが、困ったことにあいつときたら、しょっちゅう旅をしてあちこちを飛び回ってるんだから。テント暮らしをしているのもそのせいさ」
「じゃあ、どうすればその人は見つかるんですか?」
「どこに行けばいいかは教えてやれるさ。でもその前に、あたしの役に立ってくれるかい?」
「このレモンクッキーをもらえるなら喜んで!」
おいしいレモンクッキーをニ、三十個ほど包みながら、”見る者”はハーピーに≪知恵の帽子≫を盗まれたことを話した。≪知識の帽子≫を取り戻してくれたら、<鍵番小屋>がどこにあるか教えてくれるそうだ。
君がレモンクッキーをほおばっている間、”見る者”は≪知識の帽子≫を調べていた。彼女は上等な布地にかぎ裂きを見つけ、顔をしかめた。たぶんハーピーの鉤爪のせいでできたんだろう。
「針と糸があれば新品同様さ」そう言って、”見る者”は頭に帽子を載せた。
「さて、<赤の鍵番小屋>だね。あたしが知っているのは、あんたの準備ができれば見つかるってことさ」”見る者”は謎めいた言い方をした。
「それはいつ?」
「すぐだと思うよ。まあ、心配なさんな。このレモンクッキーの袋を持っておいき。たんとあるから、兵士に分けておあげ。いいね?」
「わかりました。ありがとう」
しかし、”見る者”の家を出るころには、君は早くも袋をどこかに隠してクッキーを独り占めすることを考えていた。
→[48,17]の土砂が消える。
ホルマンと夕食を共にしていると、この案内人はよれよれになった本を分厚い服の中から取り出し、わたしに手渡した。
「これはスケルトンの兵士から奪い返したもので、俺の相棒の日記です」
「君の相棒?」
わたしは手書きされたぶ厚いページをめっくた。
「名前はボジラスト。魔術師でした。俺たちがやったことが、逐一そこに書き残されてます。あいつはいつか自分が有名になって、みんなが回想録を読みたがる日がくると思ってたんです。まあ、そうはなりませんでしたがね」
「何かおもしろいことで書かれているのか?」
ホルマンは肩をすくめた。「さあ。生前のブジラストは死ぬほど退屈な奴でしたからね。そんな奴が書くことなんて想像できませんよ!」
夕食を終え、ホルマンが自分のテントに戻ると、わたしはロウソクを灯してボジラストの回想録を読んだ。ホルマンの話がおおげさでないことがわたしにもすぐにわかった。
暖かな暖炉が出迎えてくれることを期待しながら君はこの小さな小屋に足を踏み入れた。だが、小屋の中には火の気はなかった。ここに住んでいる二人のドワーフが着ぶくれしているのも無理はない。
「凍えないか?ここは外より寒いぞ」君は言った。
片方のドワーフが、大きな足をコーヒーテーブルに投げ出した。
「あのなあ、俺たちゃあいつの近くじゃ火を使えないんだ!」
ドワーフは小屋の隅に置いてあるラベルのない樽を指さした。
「なんだ、あれは?」
「スペシャルブレンドの火薬さ。あんただってこれが目当てなんだろ?ここにくる奴はみんなこいつに用があるのさ」
「そうだ」もう一人が言った。「何を吹き飛ばしたいんだ?」
「まかせとけって」最初に口を開いたドワーフが言った。「あんたがお望みなら、壁でも建物でも、何でもかんでも吹き飛ばしてやるぜ。ただし、金貨六千五百枚と水銀二十ポイントをよこせば、だけどな」
爆弾兄弟の片方が金貨を、もう片方が水銀を調べた。そして、ちゃんとあることを確かめると、君に握手を求めてきた。
「商談成立だ」
「あんたが着くまでに、その壁をふっ飛ばしといてやるよ」もう片方が請け合った。
→[38,10]の土砂が消去
兵士たちが狭い洞窟を通って地底へと降りていくのを、わたしは濡れた岩壁にもたれながら見守った。ちょっとした暇つぶしに、わたしはボジラストの回想録を開き、最後に近い項目を開いた。
「陰気な地下に降りながら、わたしは<恐怖の洞窟>でビホルダーと戦ったことや、ナイオンの洞窟にいるドラゴンの女王を見張ったときのことを思い出した。一族の中でもわたしほど地底世界に詳しい者は珍しい。
メモ:わたしは地底でのサバイバルについて本を書くべきだ。どういうタイトルがいいだろう?『洞窟、トンネル、そして秘密の隠れ家−ボジラストのひとあじ違うサバイバル・ガイド』なんてどうだ?
話をつづけよう。この洞窟も、これまでに探検したものと大差なかった。空気はつんと冷たく湿っており、微風にかすかな腐臭がなじっている。アンデッドがいるのだろうか?あるいは大昔にドラゴンがここで死んだのか?
メモ:別の相棒を探したほうがいいだろう。ホルマンは荒野でのサバイバルには長けているが、同じぐらい腕が良くてホルマンほどひねくれていない奴を探すべきだ。
わたしは目をあげ、案内人を探した。ホルマンは片側の鼻の穴を押さえて、下品にも鼻水を飛ばしている。ボジラストはホルマンに対してかなり辛らつだが、ひとつだけ正しいことを言っている。ホルマンには人好きのするところがまったくない。
行軍の合間の短い休憩時間に、わたしは他の兵士に話を聞かれないところにホルマンを引っ張っていった。
「やっと君の相棒の回想録を読み終えたよ」
「鉄のように堅い意志をお持ちのようで」
「最後のほうに面白い項目があったよ。よんで聞かせよう」
わたしは折り曲げて目印をつけておいたページをめくって読んだ。
「そのリッチはドレッガール王と名乗っている。攻撃をしかけてくるたびに、アンデッドの兵士たちは彼の名を叫んだ。わたしの軍勢は半壊してしまった。わたしたちは疲れ、恐怖に脅え、道に迷っている。ホルマンが姿を消してしまったせいで、わたしたちはどちらに進めばいいのかわからない...」
ホルマンの目を覗きこむと、少しばかり罪の意識が読み取れた。
「君はどこにいたんだ?」
「口論になったんです。あのバカがずんずんと廃墟に入っていくもんだから。あいつ、自分は無敵だって思ってたんです!」
「それで彼を残して地上に戻ったというわけか。どうして君だけが生き残れたのか不思議に思っていたんだ」
「逃げたわけじゃなりませんよ!友達だと思っていたから一緒にいたんです。自分たちは強くて無敵だと思ってました。だからあの古い町を目指したんです」
「なにが起きたんだ?」
「最初はなにも。廃墟そのものに見えました。でも、なにかおかしいことに気づくべきだったんです。途中、アンデッドの小さなグループと何度か遭遇しました。そいつらは妙に整然としていました。それなのに俺たちは何も考えず。町の真ん中にある噴水まで進みました。ボジラストはあのでかい水晶にすっかり心を奪われてしまって、自分で≪虹の水晶≫と名づけたんです」
「ボジラストの水晶に関する記述は短いよ。彼はそのきらめく色、美しさ、不思議な輝きについてふれているだけだ。他には何も書かれていない」わたしはホルマンが何かもっと教えてくれるのではと期待して言った。
「たぶん、書く時間があまりなかったんです。おわかりかと思いますが、≪虹の水晶≫は俺たちがあの町に入る前から力をおよぼしてました。俺たちはいきなり四方八方から攻撃を受けました。生きた心地がしませんでしたよ!しんと静まり返り、俺たちしかいないと思ってると、次の瞬間にはアンデッドの軍勢がすぐ近くに来ていて攻撃をしかけてくるんです!もう、何が何だか!」
「見えないアンデッドだったのか?」
「そうじゃないと思います」ホルマンは言った。「それにしてはあまりにも数が多すぎましたから。たぶん、≪虹の水晶≫が俺たちに、あいつらはいないって暗示をかけていたんでしょう」
「そして、その大混乱の中で...」
「俺は逃げました。ボジラストは兵士たちを噴水のまわりに並ばせて、あのいまいましい水晶を守ろうとしたんです!なんてバカな奴!だから俺は全速力で逃げました。後悔なんてしてませんよ。あのままあそこにいたら、死んでいたでしょう。いてもどうにもならなかったはずだ。絶望的な状況だったんですよ」
「それはわたしにもわかる」
≪虹の水晶≫が持つ人を惑わす力のことを聞いていなかったなら、自分の思考がかすかにぼやけ始めていることに気づかなかったかもしれない。
「全軍停止!」わたしは大声で命じた。
攻撃は間近に迫っている。わたしは確信した。軍勢を振り返り、わたしは言った。「諸君、自分の右にいる兵士に顔を向けろ。そうだ。さあ、相手の顔をひっぱたけ!」
従わなければ絞り首だと脅して、やっと兵士全員にその命令を実行させた。それから、わたしはありったけの力をこめて自分の頬を張った。
目に浮かんだ涙の向こうに、ヴァンパイアが走って、いや、こちらに向かってすーっと飛んでくるのが見えた。
「攻撃だ!」わたしは叫んだ。
ドレッガール王とそのアンデッド軍団にとどめを刺すために、わたしは兵士たちに命じて町はずれに大きなかがり火を焚かせ、遺体を片っ端から火葬させた。その間に、ドワーフが数人がかりで、広場の噴水から≪虹の水晶≫を用心深く取り外した。命令を下す者をなくしてもなお、この水晶は注意をおこたる者に魔力をおよぼした。だからこそ、ドレッガール王とその気の毒な従者たちは、死後も水晶を守るためにこの地にとどまったのだろう。
同じ運命をたどらないように、わたしは兵士たちに眼を配った。数分おきに叩かないと、兵士たちは魔力によってもうろうとしてしまう。叩かれてやっとわたしの命令を思い出すのだ。
そうこうしていると、ハーフリングの斥候が戻ってきた。
「おおせのとおりに、ホルマンを追って地上まで行ってまいりました。奴は怪我一つしてない様子でした」
ホルマンはドレッガール王との戦いが始まる直前に姿を消してしまった。あの男には鋭い生存本能が備わっているのかもしれない。だが、商売人としてはいまひとつだ。ホルマンは報酬を受け取らずに行ってしまった。
「指示通りに黄金を置いてきたか?」
「はい、閣下。雪の下に埋めて、そのすぐ横に焚き火を燃やしておきました。威勢よく煙りが出るように、湿った木を使っております」
「煙をいぶかしんで近づいてきたホルマンが、黄金に気づけば良いのだがな。我々が地上に戻るまでにホルマンが黄金を取りに戻ってこなかったから、兵士たちで分けるがいい。遠慮はいらんぞ。お前たちはそれだけの働きをしたのだからな」
「ありがとうございます。閣下」ハーフリングは言った。「ご命令のとおり、地上までの地図も作っておきました。もう、迷うことはございません」
「よくやってくれた」わたしは言った。「ドワーフがまたさぼっている。奴らを叩いて目を覚まさせてくれるか?わたしもさすがに手が痛くなってきた」
−−常ならぬ裏切り−−
詳細 | |
勝利条件: | 勇者アンドリュー卿を倒す |
敗北条件: | エミリア・ナイトヘヴンを失う |
マップの難易度: | 「中級」ゲーム |
持ち越し: | エミリア・ナイトヘヴンとタルジ将軍、それに彼らの呪文、技能、経験は、すべて次のマップに引き継がれる。自軍の勇者の最大レベルは 30 |
わたしの最も熱心な支持者の一人であるランドリュー卿が、わたしと戦うために軍勢を平成しているとの報告が、三つの異なる情報源からもたらされた。信じられない。だけど、ここ数週間に何度かこの報告の真偽を確かめようと使者を送ったけど、誰一人として帰ってこない。状況は思った以上に深刻みたい。
だけど、なぜランドリュー卿はわたしと戦うために軍勢を編成しているんだろう?わたしにはその理由が想像できなかった。彼とは何度か食事をしたことがある。何にもまして、彼は秩序と正義による統治という考えに傾倒していた。彼は命を賭けて大アーカン国とわたしに仕えると誓ったはずなのに。
それに彼はハンサムで、親しみやすく、魅力的な人だった。マグナス王との件が片付いたあと、また一緒に夕食でもと思っていたくらい。
ところが今や、彼は裏切り者でわたしの不倶戴天の敵だと皆が口をそらえて言う。なぜ?
突然のランドリュー卿の裏切りの謎を解くために、わたしはこの地にやって来た。そして、この地域の他の貴族たちの話を聞き、ランドリュー卿の突然の心変わりの理由を探ろうとしたが、あいにくと得られるものは何もなかった。
「奴は裏切り者でございます、女王陛下!我々はこの地域に平和を取り戻そうとしていたのに、ランドリューはそれを台無しにしようとしております。奴は以前この地方を荒らしていた盗賊や海賊と同じ悪党でございます!」オリヴァー卿は尊大な口調で言い放った。
「そこまでことを深刻に考える必要はないと思いますよ、オリヴァー卿」
「甘すぎます、女王陛下」レディー・ミランダが叫んだ。「ランドリュー卿は今後我々を脅かそうとする者たちへの見せしめとして、縛り首にする必要があります!」
「そこまでする必要はないでしょう。ランドリューは信頼のおける友人だったのです。彼が軍勢を組織する理由を解明するまでは、少なくとも’疑わしきは罰せず’の態度を貫きたいと思います!」
だけど、オリヴァー卿とレディー・ミランダは、それ以上わたしの話を聞こうとしなかった。軍勢を組織して自分たちだけでランドリュー卿を成敗し、彼の首をわたしのところに持ってくると言うと、彼らは自分たちの領地に戻って行ってしまった。でも、彼らを強く責めることはできない。わたしと同じように、彼らも裏切られたと感じているのだ。しかし、こんな時にこそ冷静にならなと。
彼らの起こした行動のせいで、わたしは自軍を二手に分けなければならなかった。オリヴァー卿とレディー・ミランダが領地に戻る前に、兵士たちを使って彼らを拘束し、この一件が解決するまで投獄しておこう。彼らの領地が領主不在になってしまうけど、何が起こっているかわからないのに、彼らを野放しにしてランドリュー卿と戦わせるわけにはいかない。ランドリュー卿には、まだ生きていてもらわないと困る。わたしのどこに落ち度があって、これほど突然にわたしを裏切ったのか、教えてもらわないと。
ああ、なんてひどい時代!錬金術師の平凡な助手のままでいられたら良かったのに!
今朝、斥候のジンが森にひそむ一団を見つけた。マグナス王を表す色に染め上げられた軍装に身を包んでいるという。ここにも悩みの種が!でも、どうやってわたしが気づかないうちに大アーカン国に侵入したんだろう?それに、どこへ行くつもりなんだろう?討伐隊を派遣したけど、ときすでに遅く、マグナスの兵たちはすでにその場にいなかった。まるで消えてしまったみたい!
魔法か地下道のような秘密の通路を使って領内に潜入したのではないかとタルジは疑っている。いずれにせよ、”不老王”の手の者たちは、わたしの王国の奥深くに入り込めるわけだ。これからは背後にも目を光らせないと。
軍師のタルジがボロをまとった男を連れてきた。
「この男は漁師で、小銭を欲しがっておる。女王陛下に聞かせたい興味深い話があるそうじゃ」そう言うとタルジは漁師の背中をぐいっと押した。
漁師は片膝をつき、頭を下げた。
「お目にかかれて恐縮ですだ、女王様!」
「どうぞ、お立ちなさい」
「手短に話せ」タルジが小声で言った。
漁師は話を始めた...その日、彼はあまり魚が獲れなかったので、夕方近くまで海に出ていた。すると、二人のジンが若い男を抱えて飛んでいくのが見えた。これでも十分に奇妙な話だが、その若い男は両手を背中で縛られていた。どうやらその男は捕虜のようだった...
「奇妙ね」わたしは行った。わたしはどのジンにも捕虜を連れて海を渡れという指示を出していない。
「ジンはどちらの方角に向かっていたの?」
「アスプ島まで飛んでいくのが見えました。ジンたちがいなくなるのを待ってその若い衆を助けようかとも思ったんですけど、いかんせん船じゃ島に近づけません。あおの島ときたら、ぐるっとまわりを岩で囲まれていて、危なくて近づけねえんでさ!」
わたしは侍従の一人に情報料を渡すよう指示した。漁師が去った後、わたしはタルジを振り向いた。タルジはひどく顔をしかめていた。
「アスプ島に捕虜を連れて行かせたのは誰だと思う?」
「断定できんな。ランドリュー卿、オリヴァー卿、レディー・ミランダ...ガヴィン・マグナスだという可能性だってある。じゃが、わしの勘ではランドリュー卿じゃな」
「わたしの考えも同じよ。でも、根拠は?」わたしの次の言葉は誰に向かって言ったものではなかった。「捕虜と話をしてみたいわね」
今日、昼の小休止を利用して、タルジとわたしは敵の動向を分析した。
「ランドリュー卿の隊長たちは、できるだけ広い範囲を攻略しようとしているが、占領した地域に兵を駐屯させることにはあまり熱心ではないようじゃな。占領した地域を守るより、占領地域を拡大することに重点を置いとるようじゃ。わしらとしては、敵のこの方針を逆手にとるべきじゃろう!」
「攻略した後の町や村はどうしえちるの?住民の扱いは?」
タルジはぺっと唾を吐いた。
「住民全員を牢屋に入れ、牢屋に入りきらなくなると手枷と足枷をはめて畑や鉱山で働かせとるよ。まるで奴隷商人じゃ!」
今でも信じられない。これほど短期間に一人の男がこんなにも変わってしまうなんて。それも、何の前触れもなく。
「それはやめさせないと。だけどタルジ、ランドリュー卿がどんな罪を犯していたとしても、不必要に彼を殺してしまうことをわたしは望んでいないわ。わかった?」オリヴァー卿やレディー・ミランダといった貴族と同じく、タルジもランドリュー卿への怒りを募らせている。そのことを知っていたので、わたしはタルジに釘をさした。
昨晩、誰かに頬をさわられた気がしてわたしは目を覚ました。でも、まわりには誰もいなかった。夢か。もう一度眠り直そうとしたとき、わたしは腿にほんの少しの重さを感じた。手紙が載っていた。オウムの形をした青い蝋で封がしてある。
わたしはワクワクしている自分がおかしかった。ソリムルからの手紙はずいぶんとひさしぶりだ。彼はわたしの敵だけど、彼が牢獄から出て行ってしまってからは、なんだか寂しかった。わたしはロウソクを灯し、封を切って手紙を開いた。
「麗しきエミリア女王陛下、
大アーカン国を我が主人、ガヴィン・マグナスに明け渡すか、それが無理ならせめて御身だけでも国からすみやかに出ていかれることを、友としてお願いする。わたしはいつもこんあ話ばかりもちかけると思うだろうが、ソリムル・イブン・ワリ・バラドはもはや軍勢を指揮する立場にあらず。現在、軍勢を率いているのは、我が主人である”不老王”ご本人だと忠告申し上げておく。
もっと詳しくお伝えしたいが、これ以上は我が誓いに反する。
もう二度と会うことはないかもしれない。そんな気がするのだ。
ソリムル・イブン・ワリ・バラド」
「レディー・ミランダからの手紙じゃ」そう言ってタルジがわたしに手紙を手渡した。
「何て書いてあるの?」
「さあ?わしは読んでおらんのでな」
わたしは封を切り、声に出して読んだ。
「大アーカン国のエミリア・ナイトヘヴン女王陛下、
わたしには理解できません。女王陛下はなぜ忠実なる臣下を投獄し、ランドリュー卿のような反逆者を野放しにしておかれるのですか?そえrでいいのですか?それとも女王陛下はランドリューによって何らかの呪文をかけられているのですか?お願いいたします、女王陛下をお助けしたいのです。お願いいたします!
レディー・ミランダ」
タルジが小声で何か呟いた。
「何?」
「我々の味方となる人じゃよ、女王陛下!ミランダ殿だったら我々がランドリューと戦うのに惜しみない援助を提供してくれたじゃろうに!」
「それがまさにわたしが彼女を投獄した理由よ。彼女は彼女自身とわたしのどちらにとっても危険だわ。彼女は自分の行動が正しいと思っている。つまり、ランドリュー卿は公平な裁きを受けられないということよ。それは大アーカン国の信条に反するわ!」
タルジがドワーフをつれだって、くしゃくしゃの顔に大きな笑みを浮かべながら近づいてきた。何かあったらしい。どうやら今この場で役に立つ良い知らせのようだ。
「女王陛下」タルジが言った「ゴルドを紹介いたします。この者は最近我々に仕え始めた鉱山師でして。ゴルドには特別な任務を与えていたのですが、それが報われましたぞ!」
わたしは当惑した。そんな計画を進めていることを、これまでタルジは話してくれなかったからだ。
ゴルドの顔は興奮のあまり真っ赤になっていた。彼の頭が爆発するといけないので、わたしは話し始めるきっかけをゴルドに与えてあげた。「それで、ゴルド、何をしたのです?」
興奮して歩き回りながら、ゴルドは語った「敵の秘密の抜け道を見つけたのです、女王陛下!よろしいですか、ここにおられるタルジ将軍は、敵は近く、おそらくは地下にいるのではないかと疑っておられました。そこで将軍はわたしに洞窟を探すように言われました。何週間もわたしは一生懸命に探しました。そしてついに洞窟を見つけ、そこに通じる入り口を掘ったのでございます!」
「ソリムルの手の者たちには何度となく煮え湯を飲まされてきましたが、それも終わりじゃ!」タルジは豪語した。
確かに、背後から攻撃される心配がなくなるのは一安心だけど、軍勢を二手に分けるほどの価値があるのだろうか?
今朝、行軍を開始しようとしていると、タルジがオリヴァー卿からの手紙を持ってきた。
「いちいち読んで、内容を確かめる必要があるかしら?」
タルジは肩をすくめた。
「少なくとも、オリヴァー卿は汚い言葉を使っておられん。ただし、あんたに投獄されたことに激怒していることは言うまでもあるまい」その口調から、このドワーフがオリヴァー興に同情しているのがわかった。
外見は普通の家のようだったが、中に入ってみると六人の年老いた船乗りが長椅子に腰かけて酒を飲んでいた。まさかこの屋敷が酒場だったとは!君も椅子に腰かけ、店主に酒を注文した。
一時間ほど酒場にいると、老いた船乗りの一人の一番の願いは、美しい女王に会うことだとわかった。
「死んでも”波頭の女神”のもとへ行った時に、女王陛下に口づけしてもらったと言いたいんじゃよ」その老人は言った。
「お前さん、気でも狂ったか!女王なんて気取った女に決まってる。それがお前さんみたいなヨボヨボで歯も抜けた爺さんにチューしてくれると思ってるのかい!」仲間の一人が言った。
老人は自分の頭を指さして言った「ワシのここはなぁ、なかなか使えるものが詰まっておるんじゃ、男が五十年以上も海で暮らしてきたんじゃ。いろいろ知っていて当然じゃろうが。」
もしかしたら、あの老人ならアスプ島に上陸できる方法を知っているかもしれない。大アーカン国の女王が口づけすれば教えてくれるのでは?
君を見て、誰もがポカンと口を開けている。旅装束ではあったものの、君の顔には冠がのっている。それを見て、君が王族だということに気づいたのだろう。
「大アーカン国のエミリア・ナイトヘヴン女王陛下にワインをお出ししようという者はおらんのか?」君の背後に控えていたドワーフの一人が言った。変装しているけど、君の軍の兵士だ。
急に酒場は慌しくなり、何人かの男がワインの瓶を探しに猛烈な勢いで走っていった。そして、ある者は汚れたグラスの曇りを拭い、ある者は自分のシャツの袖で椅子を拭いた。
「ありがとう」君は全員に言った。
そして、女王に口づけされたいと言っていた老人に言った。「そこの方、わたしを助けてはもらえませんか?アスプ島を囲んでいる岩場を通り抜ける方法を知りたいのです」
「地図をお描きいたしましょう、女王陛下!」老人はそう言うと、髪とインクを持ってきてくれと仲間に頼んだ。
すぐに老人はアスプ島周辺の地図を描き、その小島の海岸線近くに×印をつけた。
「このあたりの岩は魔法です、女王陛下。おわかりになられますか?実際には存在しないんです!」老水夫は言った。
「本当?幻影というわけね。騙されたわ!」
君は身を乗り出し、本当に老人の唇に口づけした。
「ありがとう、親切なお方」
老人は真っ赤になり、仲間はその光景に唖然とした。女王でいると良いこともあるものだ。
守衛たちは囚人の手がもう少しで届くところに牢屋の鍵を残したまま、牢獄から出ていった。おそらく誰かが思いついた、きつい冗談なのだろう。<牢獄>の中から、「誰か出してくれ!仲間になるから!」とリードが叫ぶ声が聞こえてきた。
ランドリュー卿を倒すことはできたかもしれないけど、ガヴィン・マグナスによる大アーカン国の征服が始まったと知った今では、この勝利には何の意味もない。ランドリュー卿に全ての戦力を投入したのはとんでもない間違いだった。おかげで国外の敵への防備はそうっかり手薄になってしまった。今からでも配下の軍勢を”不老王”に差し向けることはできるけれども、マグナス軍の規模はこちらの十倍との報告がもたらされている。その上、大アーカン国の民衆までもが敵を全面的に支持している。
なぜ人々はいともたやすくわたしを見捨てたのだろう?よっとすると、ランドリュー卿の領民のように、魔法がかかってしまったのだろうか?
「彼を連れて来て」わたしはタルジに命じた。
ランドリュー卿は後ろ手に縛られたまま歩いてきた。わたしが知っている彼の面影はまったく見られない。彼の目はわたしに向けられているのではなく、わたしを通り抜けて別の何かをみているようだ。彼の顔には、怒りや恐れはおろか、いかなる表情も見られない。生きているしるしは、息をしていることくらいだ。
「魔導士たちは何か成果を上げたの?」わたしはタルジに尋ねた。
タルジは首を横にふった「非道にもほどがある!マグナスはこの連中に何をしたんじゃ?兵士だけじゃない。誰も彼もがこんな状態じゃ。ゴーレムでさえ何の反応も見せん。あいつらには脳みそがないないっていうのに!」
「ランドリュー卿を連れていって。他の人たちと一緒に牢屋に閉じ込めておくのよ。でも警護の者に、収容者全員にきちんと食事を与えるように指示しておいて。ぞんざいに扱っては駄目よ。彼らの身に起こっていることは、彼らのせいではないのだから」
「心得ている。ところで、これから我々はどうするんだね?」
「身を隠し、軍勢を再編しましょう」
無表情のランドリュー卿を連れてタルジが行ってしまうと、わたしは下を向いて手で顔を覆い、大きくため息をついた。
わたしたちみんあ、ああなってしまうのかしら...
−−恐怖の奴隷−−
詳細 | |
勝利条件: | エミリア・ナイトヘヴンを見つける |
敗北条件: | ソリムルを失う |
マップの難易度: | 「中級」ゲーム |
持ち越し: | ソリムル、および呪文、技能、経験は、すべて次のマップに引き継がれる。自軍の勇者の最大レベルは 30 |
今、この闇に包まれている時間にわたしはペンを取り、恐るべき計画について知らせようとしている。わたしにも責任の一端があり、心から詫びたいと思っている計画だ。勇気が今にも萎えてしまいそうなのが自分でもわかる。できればこのペンを投げてしまいたいくらいだ。ふと、わたしはこれを書くために灯している一本のロウソクを見た。
わたしの目の前で小さな炎は揺らめき、今にも消えそうになっている。まるで大アーカン国の都、アルカニアの人々の魂のようだ。わたしは大アーカン国に征服者としてやって来た。しばらくの間、わたしは自分にできなかった偉業を成し遂げた主人を尊敬していた。もっとも、その時でさえ、わたしの心境は複雑だったのだが。
≪水晶の振り子≫がわたしを悩ませている。わたしがアンデッドの王ドレッガールから取り戻した≪虹の水晶≫を、我が主は巨大な魔法の振り子の中心に据えた。その振り子を動かすと、効果の及ぶ範囲にいる者すべてを意のままに操れるのだ。わたしがその魔力から守られているのは、わたしと主人の長い付き合いのおかげだろう。しかし今、わたしは主人の信頼を裏切ろうとしている。
「レッドドワーフに対してだけ使うと思っていました」わたしは言った。
「わしは悟ったのだよ、ソリムル。今までのわしは視野が狭すぎた。この≪水晶の振り子≫を使えば、ついに世界に完全な平和がもたらされるのだ。想像してみろ。完璧なる<秩序>だ」そうガヴィン・マグナスは言った。
わたしは問うた。「どのような方法で?」
「おいおい、わからんのか?あの振り子があれば、あらゆる生き物から意志を奪い、わしの支配下に置くことができるのだぞ。意志を持たぬ者も含めてな。よいか我が古き友よ、自由意志こそこの世に<混沌>をもたらす元凶なのだ。ただ一つの意志であるわしの意志とこの振り子、これがあれば完全な平和がこの世にもたらされる。ましてやわしは不老不死だ。平和は永遠につづこう」
誰も≪水晶の振り子≫の力からは逃れられない。我が主人は神の如き存在になったのだ。どんな軍勢も彼に抵抗することはできない。これまでも彼は、一滴の血さえ流さずに勝利をおさめつづけている。アルカニアの市民は必死に防戦の準備をととのえていたが、≪水晶の振り子≫の前には無力だった。ものの数秒たらずで市民たちは我が主人の奴隷になってしまった。
かく言うわたしは、何百年間も彼の奴隷でありつづけてきた。だが、誓いを立ててから初めて、わたしは主人のもとを離れようとしている。
はるか昔、ガヴィン・マグナスによって牢獄から解放されたとき、考えなしにわたしは「貴方がこの星の上を歩く限り、いつまでもお仕え申し上げます」と誓ってしまった。彼が不老不死だなどとは、あのときのわたしには知る由もなかった。
しかし、<審判>が起こり、我々は新しい世界にやって来た。主人が世界を奴隷にしようとしてはじめて自由になるとは、なんとも皮肉な話だ。わたしの願いは、自分が犯した過ちをつぐなうことだ。万が一、わたしが失敗した時のことを考え、この手記を秘密の場所に隠しておく。わたしが自分の果たした役割に責任を感じ、深く後悔していることを、どうか理解してもらいたい。
ソリムル・イブン・ワリ・バラド
わたしの同族であるジンたちは、大アーカン国をめぐる戦争でどちらの側につく気なのだろう?ジンは大アーカン国の秩序を維持すると誓っているが、誰を自分たちの指導者に戴くつもりなのだ?世界を統一し、自由意志を奪うことで永遠の平和をもたらさんとしているマグナスか?それとも万人に正義をもたらす国を作れると信じるエミリア・ナイトヘヴンか?
わたしは神妙な面持ちで≪願いの祭壇≫の中に一人で入り、片膝をついた。すると稲妻が走って大気を切り裂き、十二人のジンの長老たちが目の前に現れた。
「名前は?」一人が問うた。
「ソリムル・イブン・ワリ・バラド」答えると、わたしは立ち上がった。「助けを請いにまいりました」
「我らもそうではないかと思っていた。しかし、そなたが我らに求めている選択を行うのは難しい。今日まで誰も世界に平和をもたらすことができなかったのも事実」別のジンが言った。
「しかし...」若く美しい女のジンが後を継いだ。「この平和には犠牲がともないます。平和のために自我が捨てる覚悟が我らにあるでしょうか?」
掌を上にする懇願の仕草をしたまま、わたしは前に進んだ。
「我々は悲観的になりすぎていて、努力することを諦めているのではないでしょうか?自由意志と平和は両立しないなんて、誰が決めたのです?両立することができるなら、さぞかし素晴らしいだろうと思いませんか?」わたしは訴えた。
「しかし、そなたが間違っていたらどうする、ソリムル・イブン・ワリ・バラド?これが我々に与えられた世界に平和をもたらす最後のチャンスだとしたら?」最長老が問うた。
平和と秩序。戦争と苦しみのない世界。そんな世界には馴染みがなさすぎて、想像することさえできない。だが、そんなわたしにも想像できるものが一つだけある。それは人々のワクワクするような未来への希望に輝く顔だ。≪水晶の振り子≫の奴隷になった人々の顔はゾンビのように精気がない。それがガヴィン・マグナスの作ろうとしている「完璧な」世界だ。
「たとえ平和だとしても、我々がそれを謳歌できず、理解できなければ、その平和に何の意味がありましょう?それは平和などと呼べるものではありません!それは隷属、恐怖への隷属です!わたしはそんな世界の一部にはなりたくありません。あなた方はいかがです?」
わたしの叩きつけるような返答は礼を失したものだったかもしれない。しかし、不幸な人間たちの顔が、今もわたしの脳裏に焼きついていて離れないのだ。
長老たちは沈黙のうちに決断を下したらしい。最長老が歩み寄ってきて、わたしの延ばしていた手を取った。
「できる限りそなたを助けよう」
一人でかつての主人に戦いを挑んでも、一瞬にして打ち負かされるのが関の山だろう。そこでわたしはエミリア・ナイトヘヴンに助けを求めることにした。彼女の知恵はまるで泉からとめどなく湧き出ているようだ。わたしが勝ちを確信した戦いでさえ、最後に勝利したのは彼女だった。彼女だったら、たとえ相手がガヴィン・マグナスであっても、わたしのときと同じように勝てるかもしれない。
かつての我が主人がアルカニアを占領して以来、エミリアと彼女の軍勢はどこかに隠れている。信頼できる情報によれば、彼女たちはこのあたりにひそんでいるらしいが、確かではない。エミリアたちはこの近辺で補給路を襲ったらしいが、心を失っている憐れな護衛たちは一人も殺さなかったという。だからこそわたしは彼女を探している。この上なく過酷な状況でさえ、彼女は自分の信念の貫いている。彼女はわたしに希望を与えてくれる。もちらん、彼女が独力で勝てる見込みはかなり少ない。だが、わたしたちが力を合わせたらどうなるだろう?
なぜ、我が主人は...いや、もうわたしは彼の奴隷ではないのだ!そのことを肝に銘じておかねば。
しかし、なぜガヴィン・マグナスはじきじきにわたしを追討しようとしないのだ?わたしの裏切りに激怒していると思ったが、別に気にかけていないようだ。≪水晶の振り子≫の力に絶大な自信を寄せているので、怖いものはないということなのか?
いや、そもそも彼が魔法にかかってないと断言できるだろうか?ある種の魔法を使って彼は≪水晶の振り子≫を作り上げたが、我が種族の最長老にさえあの水晶の正体はわからないようだ。≪水晶の振り子≫は毒のようなものだ。毒の正体がわからなければ、解毒剤を処方できない。我々に勝ち目はない。マグナスはそれを知っているのではなかろうか?不幸にして、わたしのかつての主人は恐ろしく忍耐強いのだ。
彼がわたしを負ってこないのは、わたしが彼を倒そうとして戻ってくるのを知っているからだ。そして彼はわたしが負けることも知っている。
自信を失っていく中、わたしはかつての主人に手紙をしたためた。それぐらいの礼儀を尽くすべきだろう。
「ブラカーダの王、ガヴィン・マグナス殿、
わたしは自分がなぜこのような振る舞いに及んだか貴方に説明しなければならないと感じております。そして、できることなら理解していただきたいと思っております。わたしはこれ以上、貴方の方針に従うことができません。わたしは夜のうちに逃げ出しました。わたしが裏切ろうとしていることに気づいたら、貴方はわたしにさえ≪水晶の振り子≫を使うかもしれないと思ったからです。今、わたしは安全な場所にいます。どうかあの邪悪な装置を破壊してください!そうです、あれは邪悪です。人の心の自由を奪うなど、奴隷にするのと同じです。わたしにはわかるのです。わたしも長い間、貴方の奴隷だったのですから。
貴方はけっして残忍でも理不尽でもありませんでしたが、それでもなお、わたしは自由ではありませんでした。どうかわたしの言葉を聞き入れ、世界を支配しようなどという考えはお捨てください。わたしたちの間には、友情のかけらぐらいはあったのではないでしょうか?わたしにほんのわずかでも友情を感じてくださっていたのでしたら、わたしの言葉をどうか信じてください。≪水晶の振り子≫は道を踏み外した代物であり、破壊しなければならないのです。
重ねてお願い申し上げます。手遅れになる前に、こんなことはおやめください!
ソリムル・イブン・ワリ・バラド」
ドワーフが一人、道の真ん中に立っている。≪水晶の振り子≫の魔法にかかった者の例に漏れず、このドワーフも無表情だ。だが、このドワーフは丸腰で、前に突き出した手に羊皮紙の巻物を握っていた。
近づいてみると、ドワーフがかなり長くそこで立ちっぱなしになっていたことがわかった。体に少し粉雪が積もっていたからだ。≪水晶の振り子≫の心を支配する力には驚かされるばかりだ。手紙を取ると、ドワーフは大アーカン国の都、アルカニアの方角に歩き始めた。
手紙を開いてみて驚いた。手書きなのに、字体にまったく乱れがない。どの字もまったく同じ大きさで、すべての線が矢のようにまっすぐだ。異なる場所に書かれた”A”を比べてみたら、二つの字が寸分違わないことは直感的にわかった。
「我が下僕であった者へ
そなたがわしの片腕でなくなったことに驚きを隠せないでいる。もちろん憤りも感じた。しかし、すぐにわしは理解した。そなたも他の者たちと同じように、理解できないものに対していわれのない恐れを抱いているだけなのだと。ソリムルよ、信じてほしい。わしの進んでいる道は絶対に間違っていない。これは平和への道、永遠に続く平和への道なのだ!なのに、どうしてそなたはわしが創造しようとする楽園の一部となることを拒むのか?
ソリムル、戻ってくるが良い。戻ってきたら、罰は一切与えないと約束しよう。
心から誠意を込めて
我は平和を愛するガヴィン・マグナス
大アーカン国”不老王”」
わたしにはマグナスと勝負するための切り札がある。もう一通、彼に手紙を書くと、青い鳥の足にくくりつけて空に放った。
「マグナス王。
貴方の人間的な情愛に訴えることができないのであれば、貴方の誇りに訴えるしかありません。貴方はおぼえておられないでしょうが、旧世界に亀裂を生じさせた爆発によって、貴方の肉体も一度は破壊されてしまったのです。ちょうどあの時、わたしは<風の精霊界>に行っていて、辛くも難を逃れました。地上に戻ったわたしは、再生した貴方の姿を見つけました。あのときの貴方は裸でしたが意識はありました。なぜ貴方が助かったのかわたしにはわかりません。たぶん、貴方の不思議な不死の力と関係があるのでしょう。しかし、わたしが貴方を抱え、残された<門>をくぐってこの新世界にお連れしなければ、貴方はもう一度死んでいたはずです。
もうおわかりかと思いますが、わたしが貴方の命を救ったのです。貴方が受けた借りを返すだけの誇りの持ち主であることを願います。我々が今いるのが旧世界であれば、わたしは自分の自由を望んでいたでしょう。しかし、わたしはもう自由です。そこで、命を救った礼として、この世界に自由を与えてくださるようお願いいたします!この異常な計画を中止し、≪水晶の振り子≫を破壊してください!
貴方のかつての下僕
ソリムル・イブン・ワリ・バラド」
残念なことに、コルドロンヒルの人々はいまだに≪水晶の振り子≫の強力な支配下にある。マグナスを倒す方法を見つけるまでは(そんなことが可能ならば、だが)、彼らに見張りをつけなければなるまい。
君が小屋に近づこうとすると、石が飛んできて、目の前をかすめた。その石がどこから飛んできたのかわからないまま、君はぐるぐると旋回した。
「危害を加えるつもりはない!」君は叫んだ。
「そんなことわかるもんか」誰かが家の中から叫び返した。
「信じてくれ!」
「冗談じゃない!」
「どうしたら信じてもらえるのか、教えてくれ」
返事はしばらくなかった。小屋の中でひそひそ話し合っているのだろうか。
「お前が”不老王”の操り人形じゃないことを証明してみせる!マグナスは俺たちの故郷を奪った。お前がコルドロンヒルを奪い返したら、信じてやろう!」
君はゆっくり小屋に近づいた。驚いたことに、誰も攻撃してこなかった。扉をノックすると少しだけ開き、隙間からハーフリングが顔をのぞかせた。
「俺たちの仲間を助けてくれたんだな。礼を言うよ」
「どういたしまして」君は答えた。「家に帰らないのか?」
「今はまだダメだ。”魂を奪う悪魔”マグナスと戦うエミリア女王を助けないと」
「マグナスは悪魔じゃない。悪魔と同じぐらいの狂ってはいるが」君は言った。「エミリア女王を探すのを手伝ってくれないか?女王の力になりたいのだ」
「そうだな...」
ハーフリングが迷っているのを見て、君はだめ押しの一言を口にした。「エミリア女王が”不老王”に勝つための方法を知っているんだ」
「じゃあひとつだけ教えてやろう。女王陛下はときどき北の森に立っている木こり小屋に行かれるんだ。秘密の隠れ家さ!道順を知らなけりゃ、あの小屋には絶対にたどり着けない。道順を知りたきゃ、<賢者の窓>から覗くことだ。それから、女王陛下に会いたいなら、陛下の従者を一人見つける必要がある。でないと会う約束が取りつけられないからな」
扉はバタンと閉まった。
→[101,91]の柵が消える。
今日、わたしはマグナス王に戦いを挑んだことを、正しい判断だったと確信できる出来事を目撃した。
戦いの混乱を統制することは誰にもできない。我々がブルックサイドの町を攻撃しているとき、火事が起きた。燃え盛る家の中に、眠っている赤ん坊がいた。赤ん坊は二階の窓のすぐそばで眠っていた。しかし、操られている母親は、子供を助けるよりも我々を襲うことを優先した。あの母親に自由意志が残っていれば、先に子供を助けたはずだ!
わたしはその赤ん坊を助けるためにすべてを投げ打とうと思った。しかし、マグナスを倒すまでに、どれほど多くの無駄な命が散ることだろう?
通行を許可してもらおうと、君は塔の番兵と一時間近くも話し合った。だが番兵は、君がマグナス王の臣下でなくなったことを信じようとしない。過去のことを考えればそれも当然だ。だが、何か方法があるはずだ。
苦労の末、ようやく塔の守備隊長から約束を取り付けることができた。「ブルックサイドの兵士たちはさんざん小競り合いを繰り返してきた。味方になったというのなら、あの町を負かしてこい。そうしたらここを通してやろう」
それしか方法がないというのならやむをえまい...
番兵に疑われていることを承知していた君は、門に向かいながら、攻略したブルックサイドの町の旗をうった。
「町はわたしのものだ。兵士たちは片付けた。もう恐れるものは何もない」
番人はしぶしぶ門を開けた。隊長が進み出て、ボロボロになった旗を受け取った。
「お前を本当に信用していいんだな?」
「心配無用だ。それどころか、エミリア女王にもっと早く味方するべきだったと思っている」
君は今日の行軍予定進路を変更し、風変わりな小屋を訪ねた。
そこに着くと。しかめ面をしたドワーフが斧を胸の前に構え、正面扉のそばに立っていた。
[それ以上近づくんじゃない!」君が馬を降りると、ドワーフが叫んだ。
「わたしは...」
「わかっとる」ドワーフは君の言葉をさえぎった。「わしは大アーカン国の将軍タルジじゃ。エミリア女王の代理としてやってきた!」
なるほど、この人物がエミリアに軍勢を指揮する方法を教えたドワーフか。
「わたしはエミリア女王に話しがある」
「女王がお前を信用するとでも?」
「女王はとっくにわたしを信用しているはずだ。誓って言うが、わたしはもはやガヴィン・マグナスの家臣ではない。女王同様、わたしも奴を倒したいと思っている」
「口で言うのは簡単だが、証明するのは大変だぞ」そう言ってからタルジはしぶしぶつけ加えた。「女王陛下からお前への伝言がことづかっとる。援軍を連れてこい。骨のある奴らでなければいかんぞ!そう、例えばジン五十体だ!そうしたらエミリア女王と会わせてやる」
「心得た!」
「さあ、どうかな?タルジ将軍」君は小屋に近づきながら言った。君の後ろには、対マグナス戦に参加する五十人の同士が控えている。
タルジは胡散臭そうに顔をしかめながら、ジンたちに近づき、一人一人の目を覗き込んだ。
「この連中にはまだ’知恵’ってもんがあるようだな」驚いたように彼は言った。
「女王と会わせてもらえるのだろう?」
「ああ」タルジはうなるように言った。「すぐに伝えておく。我らの友人ハーフリングがお前に言ったように、女王は北の木こり小屋で待っている」
「恩に着る」君はそう言って立ち去ろうした。
「一つ忠告しておくぞ、ジン!」タルジは叫んだ。「もしもエミリアを傷つけたら、犬の餌にしてやるからな!わかったか?」
君の返答は深いお辞儀だけだった。
→[47,40]の森が通れるようになる。
エミリアにわたしを信用してほしい。そこでわたしは祈るように胸の前で両手を組みながら、彼女との待ち合わせ場所に一人でおもむいた。驚いたことに、彼女も一人でやって来た。彼女は防寒コートに身を包んでいた。フードは頭の後ろにはねのけている。長い髪を後ろで束ねている簡素な金のリングだけが、彼女が平民ではないことを暗に物語る唯一の品だった。
わたしは片膝をつき、頭を垂れた。
「ご機嫌うるわしゅう、エミリア・ナイトヘヴン女王陛下!わたくし、ソリムル・イブン・ワリ・バラドは、貴女の下僕にございます。もちろん貴女がわたしを受け入れてくださればの話ですが」
エミリアの動きが一瞬止まった。沈黙がつづいた。わたしは顔を上げず、雪に覆われた地面を見つめつづけた。だが、できることなら彼女がどんな表情をしているのか見てみたかった。
「いいえ!わたしは下僕は必要ありません、ソリムル。わたしが必要としているのは、”不老王”を倒す方法を教えてくれる者です」
わたしは顔を上げ、彼女の暗褐色の瞳を見てほほ笑んだ。彼女はまだ若いのに大人びて見える。かつての無邪気さはみあたらない。もう少女ではないのだ。今の彼女は人々を率いる指導者だ。かつて戦ったのが、今わたしの目の前にいるエミリア・ナイトヘヴンであったら、わたしはこてんぱんに叩きのめされていただろう。
「お助けすることができるかもしれません。しかし、あらかじめ申し上げておかねばなりませんが、勝算はきわめてわずかでしょう」立ち上がりながらわたしは言った。
エミリアが手を差し出した。わたしは彼女の手を取った。
「’わずか’なら、勝算は昨日よりも増えたことになります」
「では、貴女をもう一度、大アーカン国の女王にする方法について話し合うといたしましょう」
エミリアとわたしは彼女のささやかな軍勢が待っている木々の下に戻った。
−−不死なる者との戦い−−
詳細 | |
勝利条件: | ≪神々の剣≫を見つけ出し、勇者マゼリアンを倒す |
敗北条件: | エミリア・ナイトヘヴンかソリムルを失う |
マップの難易度: | 「中級」ゲーム |
持ち越し: | エミリア・ナイトヘヴン、ソリムル、コッジ、および彼らの呪文、技能、経験は、すべて次のマップに引き継がれる。自軍の勇者の最大レベルは 36 |
馬の背からわたしは眼前に広がる大地を眺めた。わたしは大アーカン国を遠く離れ、悪党と人殺しが支配する地に来た。だけど今回、わたしは秩序と正義をもたらすために来たのではない。一振りの剣を探すために来たのだ。
ソリムルは、二手に分かれる前に、≪神々の剣≫の伝説を語ってくれた。
「いいかな、女王よ。これは一か八かの賭だ。≪神々の剣≫で本当にガヴィン・マグナスを殺せるかどうか、わたしにもわからないのだから」ソリムルは言った。
「ええ、大博打だってことくらいわかってるわ」
「よろしい、ではお聞かせしよう。英雄の名ははるか昔に忘れ去られ、”光の戦士”としか知られていない。その昔、残忍な”生贄の神”が遊び半分に町々を破壊し、人々を虐殺した。歯向かえる者は一人もいなかった。だが”光の戦士”は違った。まだほんの少年だったにもかかわらず、彼は自分一人の力で魔神の暴虐を止めようとした。彼は地の果てまでも旅をし、ドラゴンや悪鬼と戦い、ついに<楽園>にたどり着いた。そこで彼は善神の指導のもと、≪神々の剣≫を鍛えた。彼は帰還し、”生贄の神”に立ち向かい、一年と一日戦った。そしてついに、”光の戦士”と”生贄の神”は相打ちになり、英雄の死と引き換えに魔神も滅んだのだ」
「その話が本当であることを祈るばかりだわ、ソリムル」
「わたしもだ。だが、≪神々の剣≫に不死身の神を殺す力があったのなら、マグナスも殺せるに違いない」ソリムルは淡々と言った。
「その剣が実在するなら、必ず見つけてみせましょう。あなたの使命はそれ以上に大変ね」
「わたしは≪虹の水晶≫を地底世界で見つけた。理屈から言えば、我々の探している答えもあそこで見つかるはずだ」
「そうね。でもソリムル、ときとしてこの世は理屈通りにいかないものよ。幸運を祈っているわ」そう言ってわたしはジンの力強い手を取った。
「あなたも、女王陛下」
そして今、わたしは再び独りになった。
軍勢を引き連れず、少数の志願者だけをともなってこの荒涼とした土地にやってきたのは、わたしの判断だ。ガヴィン・マグナスはもちろん、このあたりを縄張りにしている泥棒貴族たちにも感づかれたくなかったからだ。
わたしの軍師であるタルジは、危険に満ちた計画と知りながら、真っ先に志願してくれた。その上、大アーカン軍でも最強を誇る、オノーヴェンとレーヴェンというドワーフの兄弟を連れてきてくれた。
また、身のこなしが素早くて飛び道具を扱える人が欲しかったので、ハーフリング女性のフリディロックと弓の名人であるコッジ(彼は人間だ)にも加わってもらった。そして最後に、経験豊かなタッデバンという魔法使いも同行してもらえることになった。
これなら、たとえ計画が失敗しても、失う命は少なくてすむ。
深夜、オークの一群に野営地を見つけられてしまった。しかしレーヴェンのおかげで、奇襲される前にこちらもオークたちに気づくことができた。
「敵だ!」レーヴェンはわたしたち全員を起こしながら叫んだ。
わたしは飛び上がり、魔法をかける準備をした。仲間たちがすばやく反応したのは驚いた。オークがやってくる頃には、ドワーフの兄弟はすでに野営地の端にい背中合わせに立っていた。オノーヴェンの手には斧が、レーヴェンの手には自分の背丈よりも長い大剣が握られている。
「円陣を組め!」タルジが命じた。
わたしがコッジの背後に身を隠すのとほぼ同時に、オークたちが攻撃を仕掛けてきた。血なまぐさい、短い戦いだった。タッデバンとわたしは、魔法で仲間たちを守った。
一瞬の隙をついて、大柄なオークが防衛線を突破してきた。そのオークの手の甲でタッデバンを殴り倒し、巨大な斧を振り上げた。わたしはすくみ上がった。次の瞬間には、斧がわたしの頭蓋骨を砕くだろう。
しかし、オークはうめき声とともに倒れた。オノーヴェンの斧が飛んできたのだ。レーヴェンもやってきて、大剣でとどめを刺した。
「女王様!大丈夫ですか?」オノーヴェンが叫んだ。
戦いは終わったが、わたしは体の震えが止まらなかった。
「ありがとう」わたしはか細い声で答えた。「大丈夫よ」
わたしは座り込んだ。仲間たちは死体を片付けたり自分の傷の手当てをしたりしている。タッデバンは頭にオークの一撃をくらって大きなこぶを作っていた。コッジは腕に裂傷を負っていた。
レーヴェンがわたしの横に座り、布切れを取り出して大剣を拭き始めた。
「終わりましたよ」彼は言った。「でも、あなたが再び女王になったあかつきには、何人であれ定期的に入浴すべしという法律を作っていただきたいものですね。剣にオークの悪臭がついてしまった。簡単に取れそうもない」
わたしは思わず笑った。
二週間以上たつと、キャンプでの夜の過ごし方も決まってきた。オノーヴェンは火を起し、タルジとレーヴェン、それにフリディロックはテントを張った。弓の名人であるコッジの仕事は、狩りと料理だ。彼がローストしてくれたウサギは絶品だった。もしわたしが再び大アーカン国の女王になれたら、ぜひ専属の料理長になってほしいと頼んだほどだ。彼は承諾してくれた。
タルジをはじめ、みんなはわたしをいまだに女王として扱ってくれる。だけど、わたしもみんなと同じように働きたいとお願い出た。しかし結局は、破れた衣服の繕いをするか、野営地が見つからないように魔法をかけるタッデバンの手伝いをするくらしか役に立たなかった。
夜を過ごす場所に落ち着き、見張りの順番が決まると、タルジとタッデバンとわたしは座りこんで、明日の計画を練った。いつものようにタルジが、わたしたちの使命がどんなにバカバカしいか、あげつらいはじめた。
「スナーク退治をしている気分じゃ」タルジがぼそっと言った。隣でコッジがおおっぴらに笑い声を上げた。
「スナークって?」わたしは尋ねた。
「空想上の怪物ですよ」コッジが教えてくれた。「動物じゃありません、女王様。狩人のジョークでしたね。父親は息子を森にやり、スナークを探させる。男らしさを試す儀式みたいなもんです。大抵は六本足でブタの頭とネコの体をしているからなって教えられます。で、狩人の息子は一昼夜を森で過ごし、翌朝になると失意のまま家に戻ります。わたしの父など、手ぶらで帰ったわたしを見て、一時間も笑いっぱなしでした。昔からあるジョークなんです」
「そう、そしてこの≪神々の剣≫は、そのスナークみたいなもんじゃ!」
「この剣は必ず存在するわ、タルジ。これが存在しなければ、マグナスを倒すことはできないのよ」
「あとどのくらい探し回ればいいんじゃ?数ヶ月?一年?」
わたしは立ち上がった。不機嫌なときのタルジには付き合いきれない。ソリムルを仲間に入れてからというもの、このドワーフは嫌味ばかり言っている。
「タルジ、このまま戻ってマグナスの奴隷になる気はわたしにはないわ。あなたはそれでもいいの?」
わたしは思わず怒鳴りつけたが、心の片隅ではタルジの言うことも正しいのではないかと感じていた。彼がこれまで与えてくれた助言は素晴らしいものだ。それにひきかえわたしはといえば、≪神々の剣≫が語り部たちの想像の産物か、それとも本当に存在するのかもわからないのだ。
「わしが先に行こう」タルジが言った。「オノーヴェンとレーヴェンがそれにつづく。女王は後からついてきてくだされ。良いかな?」
わたしはうなづいた。
わたしは火を灯していない松明を二本持った。ハーフリングのフリディロックが、ナイフと火打石を使って火口に火をつけようとしている。火をつけそこねるたびに、彼女は火打石を自分の黒髪に三度こすりつけ、それからあらためて着火をこころみた。
「何か意味があるの?」わたしはその不思議な仕草について尋ねた。
「縁起担ぎです」フリディロックは答えた。「髪でこすらずに火をつけると、戦いの最中とか、最悪のタイミングで松明が消えてしまうっていわれているんです
「なるほどね」わたしはうなづいた。顔を上げてさっきからずっとこちらを見ていたタッデバンに目を向けると、彼は呆れたというように視線を宙にさまよわせた。
ようやくフリディロックは松明に火をつけるのに成功した。彼女は自分で一本を持ち、もう一本をタルジに渡した。
「さあ、準備はいいか?」タルジが言った。
全員がうなづいた。ところが、フリディロックが口を挟んだ。
「ちょっと待って」
彼女はその場で右にぐるぐると三周回り、それから左にぐるぐると三周回った。全員が彼女を見つめながら待った。
意味不明の儀式を終えると、彼女はわたしたちの視線に気づいて言った。「何でしょう?」
「もう何も訊かないわ」わたしは答えた。「さあ、≪神々の剣≫を探しに行きましょう」
この埃におおわれた部屋の崩れかけた壁から、石でできた巨人の根っこのように突き出しているのは、いくつもの古い棺だった。棺がばらばらになったせいで床に放り出されている遺体もある。部屋の奥にもそのような棺があった。その棺に入っていたミイラ化した戦士は、鍛えたばかりのような輝きを放ちつづけている剣を握っていた。これこそ≪神々の剣≫に違いない!
そのとき、右手のアルコーブから、何千もの太鼓が一斉に打ち鳴らされているような、地鳴りにも似た音が聞こえてきた。
「武器を構えろ!」タルジが叫んだ。
ボーンドラゴンが身をかがめて部屋に入ってきた。そして、骨だけの翼を広げ、きょだいな頭蓋骨を振り上げる。その仕草だけ見ていると、まさにドラゴンだ。しかし、耳をつんざくその咆哮は、威嚇の唸り声というよりは魂を凍らせる絶叫だ。どうしてこれまで≪神々の剣≫を誰一人として持ち帰れなかったのか、今ようやくその理由がわかった。
≪神々の剣≫を陽光にかざしたとき、わたしは手の中で剣が震えるのを感じた。その瞬間、わたしは初めて確信した。これならガヴィン・マグナスを倒せる!
わたしは自分につき従ってくれた者たちを振り返った。今では「友」と呼べる者たちだ。
「みんなに感謝しないと」
「マグナスめ、何も知らずにのうのうとしているだろうな」レーヴェンが言った。
「しかし、≪水晶の振り子≫から我々を守る方法をあのジンが見つけない限り、どうしようもない」こう言ったのはタルジだ。
「彼ならきっと見つけてくれるわ」可能性がある限りソリムルは探しつづけるはずだ。
理性的に考えれば考えるほど、この計画は成功しそうにない。だが、他に方法があるか?エミリアは老いぼれた吟遊詩人の空想の産物かもしれない剣を探している。わたしはといえば、夢の導きを信じて地底世界まで来てしまった。
夢に賭けただけと知ったら、エミリアはなんと思うだろうか?わたしのことを狂人だと思うかもしれない。たしかに、わたしはとっくに狂っているのかもしれない。しかし、わたしはこれまであんな夢を見たことがなかった。それほど生々しい夢だったのだ!
今でもわたしはあの石の壁が見える。一度も行ったことがないはずなのに、あおの石壁のことをわたしは知っていた。おそらくあの向こう側に、わたしの求めている答えがあるはずだ。手遅れにならないうちに答えを見つけなければ。
崩れかけた古い塔が、洞窟をふさいでいる。門には鍵がかかり、声をかけても返事はない。そこで、君は無理やり進もうとするのはやめて、青いオウムに姿を変え、開いている窓から中に入ってみた。中から門を開けれるかもしれない。
君は暗い廊下をくもの巣をかき分けながら進んだ。番兵のスケルトンに二度ほど襲われたが、魔法を使ってやすやすと撃退する。ようやく、塔の門を開く車輪と巻き上げ機が見つかった。だが、巻き上げ機に手をかけようとしたそのとき、女の幽霊が現れた。
「待って!」幽霊が叫んだ。
君はゆっくり近づき、幽霊を見つめた。彼女のオーラはとても強く、部屋中が明るくなるほどだった。それに、よく見れば、とても美しい女だった。
「あなたの力になろうと思って来たのよ」
「どういうことだ?」
「わたしは≪虹の水晶≫について知っているわ。”不死なる者”が≪水晶の振り子≫に使っている魔法よ。わたしはあなたを助けることができるわ。あなたがわたしを助けてくれれば、だけど」
この女の何かが君の心を締めつける。こんな女を信用すべきではない。そう思ったが、他に選択肢はなかった。
「わたしに何をしろと?」
「そうね、まず、この門を抜けないと。この巻き上げ機は、何世紀も昔に壊れてしまっているの。塔をまるごと壊さない限り、ここを通ることはできないわよ」
「古びているとはいえ、この塔はまだまだ頑丈だ。部下たちを総動員しても、壊すにのに一週間はかかるだろう」
「そうね」幽霊は黒い瞳をキラキラさせながら言った。「でも、この近くに<地の門>があるわ。<地の精霊界>につながっている<門>よ。アースエレメンタルが八体いれば、この塔ぐらい、あっという間に瓦礫の山よ!」
またしても、君はこの幽霊女と取引をすることに不安を感じた。しかし、彼女の言うことは的を射てる。
「そうか。では、すぐに戻る」
アースエレメンタルが塔を轟音と共に破壊するまで、さまよえる女の幽霊は現れる兆しさえなかった。ところが瓦礫の上を歩いていると、彼女はいきなりわたしの前に現れた。わたしは兵士たちの様子をうかがってみた。どうやら彼女の姿を見ることができるのは、わたしだけのようだ。
「そろそろ≪水晶の振り子≫について話してもらえるかな?」
「まだわたしのことを信用していないのね、ジンさん」
「わたしの名前はソリムル・イブン・ワリ・バラドだ」わたしは質問をかわしながら答えた。
「わたしはデイラフィーナ」
「素敵な名前だ」わたし慇懃に答えた。「それで、君は≪水晶の振り子≫の何を教えてくれるのだ、デイラフィーナ?」
彼女は長い指をひらひらさせながら言った。「あら、まだ駄目よ。わたしたちはお互いにまだ信頼関係が築けていないわ。まず、あなたがわたしのことを助けてくれなきゃ」
「このままここを去って、これ以上君と関わらないようにするとか?」
「できもしないことを言うものじゃないわ。あなたがここを去ることができるとすれば、それは”不死なる者”が世界を滅ぼした後だわ」
彼女は状況をよくわかっている。わたしが≪水晶の振り子≫を負かす方法を切実に知りたがっていることも知っているのだ。今、彼女は圧倒的に優位に立っており、それを楽しんでいるのが表情からもわかる。
「降参だ!で、何が望みなのだ?」
「わたしの唯一の望みはね、ソリムル・イブン・ワリ・バラドさん、わたしを取り返してほしいの。わたしの体をあの牢獄から、そうすれば、わたしの心と体はまた一つになれるのよ。どう、できる?」
わたしは肩をすくめた。いずれ後悔することになるのだろうが、今は議論の余地さえない。
身辺にデイラフィーナの生霊が現れるようになってしばらくすると、彼女の性格にはいまだ戸惑うことが多いものの、存在そのものには慣れてしまった。しかし兵士たちは、わたしの頭がおかしくなったのではないかと心配し始めているようだ。彼らの前ではなるべくデイラフィーナと話さないように気を使ったつもりだったが、何度か姿の見えない相手と会話している現場を目撃されてしまった。いったん噂が広まってしまうと、わたしにはなすすべがなかった。
昨夜、就寝前のワインを飲んでいると、デイラフィーナが突然わたしの横にやってきた。彼女はワインを物欲しそうに見つめた。
「ワインね!懐かしいわ。男の腕のぬくもりの次に懐かしい。味はどう?」
「旅の途中でそうそう上等なものは飲めないさ。しかしこれは香りがいい」そう言ったものの、さまよえる生霊の前でワインを飲むのは居心地が悪い。わたしはグラスを脇に置いた。
デイラフィーナはわたしを見つめ、それからゆっくり手を上げ、わたしの頬に触れた。冷たい隙間風がさっと肌をなでたような感触だった。
「ところで、君はなぜこんな状態になったのだ?」わたしは身を引きながら尋ねた。
「そうね、どのくらい前のことかは言えないけど−−レディーはけっして歳を明かさないものだから−−とにかく、ある男がいたのよ。その人は死ぬほどわたしに恋焦がれていた。わたしは彼に言い寄られて、いかにもその気があるように見せかけたんだけど、彼がわたしに寄せていると同じだけの想いを彼に対して抱くことはできなかった。彼は醜くて青ざめていて、めったにお風呂に入らないんだもの。そんな男を女が愛せると思う?」
「君に愛されていないと知って、彼はどうしたのだ?」尋ねながらも、話の展開は予想がついていた。
「言うまでもないことだけど、彼はとっても嫉妬深かった。そしてわたしが本当に愛していた男を殺して、強力な魔法をかけてわたしの体を氷の像に変えてたの。わたしにも少しばかり魔力があったから、彼がわたしの体を氷に変えたとき、わたしは自分の魂を体から切り離したの」
「それ以来、君は自分を自由にしてくれる人を探して、地底世界をさまよっているわけが。その嫉妬深い男はまだ生きているのかね?」
デイラフィーナはくすっと笑って答えた。「完全には死んではいないけど、生きてもいないわ」
アンデッドか。そいつこそが、わたしの対決する相手だ。
「君を幽閉して求婚しているアンデッドの名前を教えてくれないか?」ある晩、わたしはデイラフィーナに言った。
彼女はわたしのところに毎晩やってきて、話をしたがる。彼女は退屈しきっていて、話し相手に餓えているようだ。
「マゼリアンよ」彼女は答えた。わたしの簡易ベッドにもたれかかり、いざなうように自分の髪をいじっている。わたしはあえて彼女のほうを見ないようにした。
「すっごく君が悪いの!あいつがわたしの体を閉じ込めている牢獄に、何度か忍び込んだことがあるの。自分の体が大丈夫か確かめるためにね。マゼリアンときたら、毎日わたしの体に何時間も話かけているのよ。もちろん、わたしの心には届かないわ。あいつはわたしの姿をした氷の像に話しかけているの」
「恋をしているんだ」そいつは今でも彼女への恋心を断ち切れないでいるのだろう。
「気味が悪いって言ったでしょ」デイラフィーナは辛らつだった。「あの人、ときどきわたしにキスするのよ。普通だったら、つまり、わたしがわたしの体の中にいたら、平手打ちを食わせてやるところなのに」
わたしは身震いした。
「ところで君を元に戻すにはどうすればいいのだ?そんな魔法は今まで聞いたことがないのだが?」
「簡単よ」と彼女は答え、立ち上がり、わたしの目をじっと覗き込んだ。「時代遅れの魔法なんだけどね。わたしのことを愛してくれている人、それも本気で愛してくれている人が、わたしにキスするだけでいいの」
「キスする?」
「そうよ」デイラフィーナはいたずらっぽく笑いながら言った。「実を言うと、そのときが来るのを期待してるの」
鍵のない独房に横たわる見事な彫刻は、デイラフィーナの凍った体だった。わたしは注意深く滑らかな肌に指を這わせた。キスしただけで、この氷の像が温かな肉体に変わるとは信じられなかったが、とにかくわたしはひざまずき、氷の唇に自分の唇を重ねた。
突然、キスが返ってきた。デイラフィーナはわたしはを抱きしめ、情熱の込めて口を吸った。ようやく体を離すと、わたしは一歩下がって彼女を眺めた。
彼女は本来の姿を取り戻していた。血と肉を備え、しかも美しい!
「キスしてくれてありがとう、ソリムル」
そのときようやくわたしは、自分がここにいる理由を思い出した。
「今度は君の番だ」わたしは言った。「水晶のことを教えてくれ」
デイラフィーナはぎこちなくわたしに近づき、片手でわたしの腰にふれた。
「あの水晶は、ずっとずっと遠い昔に、この世界の底にある洞窟から切り出されたものだと言われているわ。でも、その洞窟から切り出された水晶は二つあったの。二つの水晶は、一つの洞窟の端と端から切り出されたため、秘めている力も正反対だった。この二つの水晶の一方が≪虹の水晶≫になり、もう一方は細かく砕かれたの」デイラフィーナは静かに語った。
「細かく砕かれて、その後どうなったのだ?」
「最強の魔術師たちに配られて、好きなように使われたわ。魔術師達がどんなふうに使ったか話してあげるけど、もう一度キスしてくれなきゃダメよ」
わたしはうなづいた。
「水晶の一部は≪精神の兜≫を作るのに使われたわ。この盾を身につけると、≪水晶の振り子≫の魔力を打ち消すことができるの。つまり、あなたとあなたの軍勢は安泰ってわけ」今や彼女の顔はわたしの間近にあった。彼女のぬくもりが伝わってくる。
わたしは頭を下げ、ゆっくりと彼女にキスをした。
デイラフィーナといると、なぜこうも心が騒ぐのか、わたしはやっと理解した。男なら誰でも、彼女のためなら死んでもいいと思うだろう。
−−平和の代償−−
詳細 | |
勝利条件: | 勇者ガヴィン・マグナスを倒す |
敗北条件: | エミリア・ナイトヘヴンを失う |
マップの難易度: | 「中級」ゲーム |
持ち越し: |
ペンとインクを取り、建国間もない大アーカン国に起こった出来事をつづるのが、今やわたしの日課になっている。エミリア・ナイトヘヴン女王は、達筆で嘘偽りを書かないわたしの記録なら、後世の歴史家たちも信用するだろうとおおせられ、わたしに事の成り行きを記録せよと命じられたのだ。
わたしたちは大アーカン国に戻った。≪精神の兜≫に関する情報と≪神々の剣≫を携えて。≪精神の兜≫の力を教えてくれたデイラフィーナもついてくるものと思っていたのだが、一週間ほど行動を共にした後、夜のうちに姿を消してしまった。おそらく、ガヴィン・マグナスに戦いを挑むなんて自殺行為だと思ったのだろう。
誰かがマグナスを気を引き、その間に他の者が≪精神の兜≫を探す。これ以外にわたしたちが勝つ方法はない。”不老王”とは過去に浅からぬ因縁がある。そこでわたしは自分がおとりになろうと申し出た。
「マグナスとの因縁にケリをつけるべき時が来たようだ」わたしは言った。
だが、わたしの申し出はタルジ将軍にあっさりと却下されてしまった。
「お前は戦術というものを知らん、ソリムル」タルジは言った。「どう考えても、相手の注意を引きつける役はわしが適任だ。エミリアだって、お前には≪精神の兜≫探しを手伝ってもらいたいと思っとるさ。軍勢を率いるのはわしに任せておけ。それよりも≪精神の兜≫じゃ。あれなしでマグナスに挑めば確実に負ける。さいわい、わしなら死んでも惜しくはない!」
エミリアはドワーフのがっしりした腕をつかんで言った。「ダメよ、タルジ。あなたが死んでも惜しくないなんて、とんでもないわ。誰一人、死んでも構わない人なんていないのよ!」
「それでも、この役目はわしが適任だという事実には変わりない」
勇敢なドワーフは翌朝、わたしたちと別れてずっと西に陣を張った。タルジは必ずや時間を稼いでくれるだろう。しかし、わたしたちは皆、陰鬱な気分に包まれた。得にエミリアは。友をみすみす死なせるとわかっていながら、これしか方法ないとは!いかに絶望的な戦いに臨もうとしているのか、わたしたちは思い知らされた。
≪神々の剣≫を一緒に探した友人たちが、ガヴィン・マグナスと≪水晶の振り子≫にやられたと聞いて、エミリア・ナイトヘヴンは取り乱した。オノーヴェンとレーヴェンのドワーフ兄弟、ハーフリングのフリディロック、魔法使いのタッデバン。彼らは皆、マグナス軍の注意を引くために小競り合いを演じた。しかし、どういうわけかマグナスに隠れ場所を突き止められ、捕らえられてしまったのだ。
「良かれと思ってしたことが、どんどん悪い方向に向かって行くわ」エミリアはわたしに言った。
「たしかに」
「みんなを行かせるんじゃなかった」
「皆、覚悟はできていた。誰かがしなければならないことだと知っていたから、あえて引き受けたのだ」
しかし、エミリアは納得しなかった。
「わたしはひどい女王だわ!友を犠牲にしてまで玉座を取り返そうとしている」エミリアは誰にともなくつぶやいた。
だが、この戦いは、大アーカン国の玉座をめぐる戦いではない。自由をかけた戦いだ。エミリアにもそれはよくわかっているはずだ。
夜も更けたころ、一人のずんぐりした体格の男が、野営地に入ってきた。男は見張りに挨拶した。あまりにも見慣れた人物だったので、見張りは不審に思わなかった。この予期せぬ訪問者は、ゆっくりテントの間を通り抜けていった。そして、いちばん大きなテント、つまり女王のテントの前に来ると、はたと歩みを止めた。
男は背負っていた長い剣を抜くと、柄をしっかりと握りしめ、テントの中に入っていった。
エミリア女王は、寝つけないときは読書にふける。その夜もそうだった。読書のためにロウソクを灯していたことが、結果として彼女の命を救った。
一歩の矢が女王のテントを突き破り、刺客に突き刺さった。次の瞬間、若い弓兵が駆け寄ってきて、背の低い刺客に躍りかかった。
「女王様!」弓兵が叫んだ。「ご無事ですか?」
ベッドから這いだしてきたエミリアは、刺客の顔を見るなり泣き出した。
「なんということだ!気づきませんでした!」若い兵士も、自分が倒した相手の顔を見て叫んだ。
わたしもすぐに駆けつけ、うつろな目をして倒れている男を見下ろした。それはエミリアのかつての軍師、タルジ将軍だった。矢は心臓を射抜いていた。わたしは混乱した。マグナスが暗殺者を使うとは考えられない。ということは、これは一種の宣戦布告だろうか?それとも策略の類か?我々の士気を挫こうというのだろうか?
エミリアが兵士たちの興奮をなだめるには時間がかかった。タルジ将軍は兵士たちの尊敬の的であったから、マグナスがタルジ将軍を暗殺者に変えて女王を襲わせたことに、誰も激怒した。将校たちの中には、≪精神の兜≫探しなんて時間の無駄だ、ただちにガヴィン・マグナスを攻撃するべきだと主張する者もいた。
エミリアは、タルジへの個人的な気持ちを抑え、早まった行動を取ることを禁じた。マグナスの死を望む気持ちは、おそらく誰より強いだろうに。≪精神の兜≫探しはつづけられた。わたしはこの日、エミリアの中の何かが消えたことを感じた。自分が大アーカン国の一部であると同時に、大アーカン国の運命が自分に委ねられていることを受け入れたのだ。
≪精神の兜≫を手に入れた夜、わたしはこんなときのためにとっておいた極上のワインを持ってエミリアのテントに入った。二つのグラスにワインを注ぎ、一つを彼女に手渡す。
「勝利を祈って」わたしはグラスを持ち上げた。
「わたしたちのために尽くしてくれた人たちに」エミリアがつけ加えた。
「タルジのことは永遠に忘れない」わたしは言った。
「・・・」
エミリアは黙って飲み干し、それからゆっくりと口を聞いた。
「ねえ、ソリムル。女王は国を治めるために友達を一人残らずなくす羽目になるのかしら?」
「たしかに、王や女王には友人が少ないかもしれない。それに、ときには友人は死地に追いやらねばならないこともある。そんな選択を強いられ、なおかつ正気を保っていられるのは、よほどの大人物だけだ」わたしはほめ言葉のつもりで言った。
「くだらない金の輪っかに、友達全員を引き換えにするだけの価値がるのかしら?」エミリアはそう言って王冠をはずした。彼女はそれをぽんと地面の上に放り投げた。
「価値があるかどうか、わたしにもわからない。決めるのはあなただ。しかし、これだけは言える。女王に最もふさわしい人物というのは、自らは女王になりたいと思わない女性だ。それに、どうして友情を諦めなくてはならないのだ?あなたは人間としてもまだ若い。これからの一生、きっとあなたは愛と友情に恵まれるだろう」
「あなたもその友人の一人かしら、ソリムル?」
「当たり前だ!」
エミリアの目は、簡易ベッドの脇におかれた小さなテーブルの上の≪神々の剣≫と≪精神の兜≫に向けられていた。
「きっとそうようね。この剣と盾に伝説通りの力があるとして、わたしにマグナスが殺せるかしら?」
「もちろん」わたしは答えた。しかし、かつての主人の死んだ姿というのは、いまだに想像するのが難しかった。
「その言葉を信じるわ」
「女王よ、わたしはいついかなるときも、あなたのそばにいる」
エミリアはもう一杯、自分で注ぎ、一口すすった。
「ソリムル、これだけは言っておきたいの。わたしはあなたのことを親友だと思ってるわ」
→[145,113]の森が消える
わたしのかつての主人、ガヴィン・マグナスとの戦いの最終局面について記す前に、あらためて弁明させてもらいたい。こうするしかなかったのだ。世界か、マグナスか、どちらを選ぶしか。わたしをこんな状況に追い込んだのはマグナスだが、かつては偉大だった男のなれの果てに、わたしは哀れみをおぼえる。
ありがたいことに、≪精神の兜≫は≪水晶の振り子≫の魔術を打ち消してくれた。意志を奪う魔法が効かないと知り、マグナスの顔色が変わった。そこからが本当の戦いだった。その様子はあえて詳しく書かないでおく。敵も含め、多くの命が失われたことを思うと、胸が痛むのだ。かろうじてエミリア・ナイトヘヴン女王とわたしは敵軍を下した、と記すにとどめておこう。もしかするとマグナスは、かつて戦争をわたしに任せっきりにしていたことを、このとき初めて気づいたのではないだろうか?
傷だらけになったガヴィン・マグナスが倒れたとき、戦いは終わった。勝利はわたしたちのものになった。
いや、勝ったと思ったのはわたしたちだけだったかもしれない。太古の昔に≪神々の剣≫は”生贄の神”を殺したかもしれないが、その剣をもってしても”不老王”の息の根をとめることはできなかった。エミリアとわたしが≪水晶の振り子≫を壊す最良の方法について話し合っていると、マグナスがうめき声を発しながら立ち上がった。傷はすでに癒えていた。
「裏切り者め!」
叫ぶや否や、マグナスは落ちていた剣を拾い、わたしに襲いかかってきた。誰もが立ちすくんで動けない中、エミリアだけが素早く反応した。
彼女がもっと鈍重であれば良かったのに!わたしとマグナスの間に割って入った彼女の腹をマグナスの剣が貫いた。刃は彼女の背中を突き抜け、わたしの腹まで数センチを残すのみとなったところでようやく止まった。
マグナスは一歩後ろに下がり、呪文を唱えようとした。≪精神の兜≫を粉々にするつもりだ。そんなことをされたら、一人残らず≪水晶の振り子≫に意志を支配されてしまう。勝利が敗北に変わる瞬間だ。
エミリアを介抱している時間はなかった。わたしは彼女を押しのけた。剣に貫かれたままの彼女の体が地面に転がるが、わたしは心を鬼にして≪雷撃≫の呪文を唱えた。全身を魔力がかけめぐる。だが、狙いはガヴィン・マグナスではない。≪水晶の振り子≫だ。
水晶が砕け、戦場に水晶の破片が雨のように降った。突然、ガヴィン・マグナスが耳をつんざくような悲鳴を上げた。わたしのかつての主人は、頭をかきむしりながらがっくりと膝をつき、一度に何万もの拷問を受けているような金切り声を放った。
あの声を忘れることはできないだろう。
戦いはようやく終わった。
エミリア・ナイトヘヴンは、かろうじて命を取り止めたが、刃が脊髄を貫いていたため、一生歩けない体になってしまった。彼女が国民の前に出られるほどに回復すると、大アーカン国の人々は彼女のために、パレードと二度目の戴冠式を催す計画を立てた。女王として、統治者として、彼女以外の人物は考えられなかった。式典が一段落したら、エミリアは新しく作られたタルジ将軍の墓を訪れるつもりのようだ。
≪水晶の振り子≫の魔法にかかっていた者たちは、一人残らず元に戻った。変貌してしまったのはガヴィン・マグナスだけだったようだ。≪水晶の振り子≫を使っているうちに、心が水晶と一体化してしまったに違いない。わたしが水晶を破壊したことにより、マグナスの心も同じように壊れてしまった。おそらく彼は二度と元に戻るまい。
わたしはガヴィン・マグナスの暖かい独房に座ってこれを書いている。彼の目は窓の外に向けられているが、その目には何も映っていない。自分がどこにいるかもわかっていない。このままの状態で彼は永遠に生きつづけるのだ。少なくとも彼は平穏を取り戻した。そうわたしは信じたい。
わたしはといえば、史実を拾い集め、それを記録している。わたしは今や自由の身だ。なんと素晴らしい!自分自身であること、自分で判断ができることがどんなにすばらしいか、わたしは史記を読むすべての人に知ってもらいたい。
そして、平和を求める強い意志を持ってほしい。皆が願えば、多少は平和の代償も安くなるかもしれないのだから。
では、さらばだ
ソリムル・イブン・ワリ・バラド
−−ラストナレーション−−
わたしたちジンが人間をうらやましく思うのは、自由な意志を持っているからだけではない。何も知らずに死んでいく彼らの短命さがうらやましく思えるときもある。我々は誰も、自分の犯した過ちを償わねばならない。だが、ジンであるわたしたちは、後悔の念を引きずったまま、永久に生きつづけねばならない。それが我々の宿命なのだ。